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柴崎美穂(東京 アイヤ会賛助会員)
前回と前々回は、言語聴覚士(「ST」)になる勉強をして病院に就職した頃のことを書きました。今回は、今の仕事について書きます。
わたしは、5年前から東京都内の福祉センターに勤めています。そこで初めて聴覚障害のあるかたとかかわる仕事をはじめました。仕事の内容の1つに、補聴器に関する相談があります。といっても、補聴器の販売を行なっているわけではなく、初めて補聴器をつけるかたの聴力検査や相談、すでに使っているかたの補聴器の調整、情報提供などが中心です。
補聴器の相談で出会うお客さまには、いろいろなかたがいらっしゃいます。高齢で聞こえにくくなったかた、生まれつき聞こえにくいかた、会社で活躍しているときに聞こえにくくなったかた、などなど。補聴器の相談は、ただ機械的に検査や調整をするのではうまくいきません。最初は、まずじっくりお話を聴くことから始めます。そのかたがどんな場面で聞こえにくくて困っているか、どんなことを解決したいのかなどを確認することが、そのかたに合った補聴器と出会う近道だからです。浅い経験のなかでものをいうのは危険かもしれませんが、この仕事で得た出会いを通して感じていることを、2つだけ書きます。
1つは、「聞こえにくいということをまわりにわかってもらえず、多かれ少なかれ傷付いている人が多い」ということ。もう1つは、「難聴や補聴器について、あまりにも一般的に知られていない」ということです。
「わかってもらえない」というしんどい思いを語ってくださったかたの言葉で、印象的だったことがあります。「家族はみんな、わたしが聞こえにくいことを知っている。だけど、聞こえにくいのがどういうことかをわかってくれる人は、だれもいないんだ。」 わたし自身は、これまで聞こえる状態でしか生活したことがありません。聞こえにくい状態での生活を想像しても、しょせん想像です。わたしは、「わかってもらえない」という思いに触れるたびに、「わかる」とは言えないけれど、すくなくとも「わかってもらえない」思いを、勝手な判断をまじえずに受け止めたいと思っています。
「難聴や補聴器について一般的に知られていない」というのは、たとえばこんな言葉を聞いたときに感じます。「補聴器をいくつも買ったけれど、結局どれも使っていません」「息子に、『高い補聴器を買ってあげたんだから、もっとちゃんと聞いてくれよ』と叱られるんです」 補聴器はあくまでも道具であって、主役はそれを使う人です。どんなときに何のために使いたいかを自分で決めて、自分の耳で補聴器を選び、使いこなしかたを身につけていきます。でも、一般的には、「良い補聴器さえ買えばうまくいく」という考えが行き渡っているようです。わたしは、「自分に合った補聴器を見つけて使いこなしてやるぞ」という気持ちがわいてくるような相談ができればいいなと願っています。
補聴器の相談の仕事で、言語聴覚士にできるのは本当にちっぽけなことです。補聴器を使ってみたい気持ちを裏切らないように、きっかけをつぶさないように、努力するだけです。でも、さまざまな出会いのなかでいろいろなことが勉強できるこの仕事に就けて、幸せだと思っています。(おわり)