「網膜色素変性に対する視細胞保護治療」池田 康博 先生(九州大学眼科)

網膜色素変性(RP)とは、暗いところで見えにくい夜盲という症状で始まり、視野が少しずつ狭くなり、最終的には視力が低下してしまう遺伝性の網膜の病気です。目に関連する遺伝子のキズが原因で、網膜の神経細胞(視細胞)が少しずつ傷害を受けていきます。外界情報の約80%を得るために必要なこの視力を失うことで、我々のQOL(生活の質)は著しく低下し、社会活動は大幅に制限されることになります。現時点で有効な治療法が確立されていない難病で、早期の治療法開発が望まれています。その近未来の治療法として期待されているもののひとつが、遺伝子治療です。欧米では、レーバー先天盲やコロイデレミアといったRPによく似た遺伝性の網膜の病気に対して治験が実施され、一定の安全性と治療効果がすでに明らかとなっています。
遺伝子治療が標準治療の一つとして認められる日が近づいてきていると言えます。レーバー先天盲やコロイデレミアの場合、病気の原因となっている遺伝子のキズを治す(正常な遺伝子を補充する)という、遺伝子治療における理想的なアプローチが選択されていますが、RPの場合は遺伝子のキズが多岐にわたる(70種類以上)ため、現実的にはすべてのRPの患者さんにこのアプローチを適応するのは難しいと考えられています。そこで我々が注目したのが、視細胞保護遺伝子治療です。RPでは遺伝子のキズにより最終的に視細胞の細胞死が生じますが、神経細胞に対し保護作用を有する神経栄養因子と呼ばれるタンパク質を作り出す遺伝子を目に打ち込むことによって、その神経栄養因子が目の中でたくさん作られ、視細胞が護られて視力が低下するのを防ぐという方法です。今回、神経栄養因子として色素上皮由来因子(PEDF)を選択し、これまでに複数のRPの動物モデルにおいてその治療効果を確認しました。さらに大型動物であるカニクイザルを用いた安全性試験により、この治療法の安全性を確認しました。これらの効能試験ならびに安全性試験の結果に基づき、臨床研究実施計画を立案し、平成24年8月に厚生労働大臣より了承されました。本臨床研究の主な目的は、SIVベクターの眼内投与の安全性を確認することで、平成25年3月26日に第1症例への投与を実施し、これまでに5名の被験者に臨床研究薬の投与を完了しました。現時点で臨床研究を中止しなくてはならないような重篤な合併症はありません。また、この臨床研究と並行して、次のステップとなる医師主導治験の準備を進めています。本講演では、遺伝子治療臨床研究の結果を中心に、RPに対する視細胞保護遺伝子治療の可能性についてご紹介させていただく予定ですが、さらに、広い意味でのRPに対する視細胞保護治療の可能性についても併せて紹介したいと思います。

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