「遺伝性網膜疾患:診断から治療へのアプローチ」藤波 芳先生(国立病院機構東京医療センター 眼科)

遺伝性網膜疾患に関する診断から治療へのアプローチは近年劇的な変化を遂げている。標準とされる4行程(1.クリニックにおける臨床検査・診断、2.遺伝子検査・診断、3.臨床診断と遺伝子診断の相関確立ならびに最終確定診断、4.臨床治験導入)を経る形で、遺伝性網膜疾患に対する診断から治験導入が行われている。特に、この数年における遺伝医学分野における技術革新、情報共有・統合化の加速に伴い、欧米を中心に臨床治験導入が拡大し、世界的に見ると、千名以上の遺伝性網膜疾患患者が遺伝子置換治療、遺伝子導入治療、薬物治療、再生細胞治療、人工網膜などの先鋭的臨床治験に参加している。本講演では「治療が皆無であった」時代から、「治療を選択する」時代へ大きな変容を遂げつつある遺伝性網膜疾患分野における現在の取り組みについて、最新の情報を含めて紹介される。

1.臨床診断
遺伝性網膜疾患は希少疾患に分類される。網膜色素変性症という臨床病名の患者群の中にも原因となる(もしくは関連する)遺伝子は数十以上存在するため、単独施設における原因遺伝子ごとの臨床情報は極限られたものとなり、診断に苦慮することも少なくない。この状況を受けて、国内・国外で同一の臨床検査を基にデータ共有し、共同で臨床診断を行う、多施設共同研究が遂行されている。一例としてJapan Eye Genetics Consortium(JEGC)が挙げられる。JEGCは2006年に東京医療センター・臨床研究センター(NISO)を中心に設立され、日本臨床視覚電気生理学会の後援を受ける形で2017年8月現在までに国内23施設から約1600症例以上の情報共有がオンラインデータベースを利用して行われている。さらに、アジアの代表として、アジア域内(12ヵ国約50施設)での情報共有、その他の4大陸との連携(欧州、北米、豪州、南米)が強力に推進されている。

2.包括的遺伝子検査・診断
2010年代に入り、次世代シークエンスの標準化に伴い、250を超える網膜疾患関連遺伝子を同時に検索する手法が導入され、その他の手法では実現が難しかった包括的な遺伝子検査が可能となった。さらに、日本人特有の遺伝背景を数千単位の正常人データから割り出すことで、欧米からの過去の報告を基準とした形では診断が困難であった症例についても、日本人の特性を大規模コホート内で理解した上での遺伝子診断が実現化し、より精度の高い診断が現実のものとなっている。

3.臨床診断と遺伝子診断の相関確立と最終確定診断
数千単位の症例の、臨床・遺伝情報の共有化の実現により、網膜関連遺伝子それぞれについての臨床像が明らかとなり、「網膜色素変性症」と漠然と呼ばれてきた病名の中にも、様々な小分類が存在することが解ってきた。これらの分類診断は、原因遺伝子・病態を基に行われており、小分類間で、発症、重症度、進行性、遺伝様式が異なるため、この臨床診断・遺伝子診断を繋ぎ合わせた病態に基づく最終確定診断が患者カウンセリング、治療導入に必須の工程となっている。特に、日本人における臨床診断と遺伝子診断の関連においては、過去、包括的遺伝子解析を用いた大規模研究による調査が存在しなかったが、2010年代後半に入り日本人特有の疾患分類や病状が次々と明らかとなり、原因に即した形、病態に即した形で、それぞれの疾患の再整理が急務となっている。

4.治療導入
臨床診断、遺伝子診断から最終確定診断が得られた後、原因遺伝子、病状、病期(therapeuticwindows)を加味して、治験導入が考案される形が一般的となりつつある。国内・国外を含めて、様々な施設で、様々な手法で治療導入が行われる中で、治療適応疾患、その原因遺伝子、病期などの情報を共有する体制づくりが精力的に進められており、遺伝性網膜疾患治験情報ウエブサイト、症例情報共有オンラインデータベース、患者レジストリなどを通して、個々人に適した治療を選択する時代が日本に到来する日が間近に迫っている。

藤波 芳( Kaoru Fujinami )
2004年名古屋大学医学部医学科 卒業
2004年 名古第一赤十字病院 前期臨床研修
2006年 独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 眼科後期臨床研修医 臨床研究センター 視覚研究部 視覚生理学研究室 研究 員
2009年 英国Moorfields Eye Hospital、Electrophysiology、Fellow 英国UCLInstitute of Ophthalmology、Genetics、Research Assistant
2013年 独立行政法 人国立病院機構 東京医療センター 眼科 慶應義塾大学大学院博士課程眼科学専攻 網膜細胞生物学グループ
2016年 英国UCL Institute of Ophthalmology、Genetics、Research Associate英国Moorfields Eye Hospital、Division of Inherited Eye Disease、Honorary Clinical Manager 、慶應義塾大学眼科学講座 非常勤講師
2017年 独立行政法人国立病院機構 東京医療センター・臨床研究センター 視覚研究部 視覚生理学研究室 室長英国UCL Institute of Ophthalmology、Genetics、Senior Research Associate

カテゴリー: 会員のページ, 医療講演会, 網脈絡膜変性フォーラム パーマリンク

コメントは停止中です。