次の内容は、昨年11月9日の講演をテープ起こしして、山本先生に加筆訂正いただいたものです。
★網膜色素変性と眼科手術
白内障とは、眼のレンズである水晶体が濁って、光が通りにくくなる、だから見づ
らくなる病気です。原因としていちばん多いのは老化現象で、年を取れば誰でもなっ
てきます。そのほかに糖尿病では、老化現象が通常より10年、20年早くなると言
われており白内障が早期に出てきます。その以外にも怪我とか、あるいはアトピー性
皮膚炎で年中目の周りを引っかいていてもなります。生まれつきというのもありま
す。その他に網膜色素変性症に由来する白内障というのがあります。なぜ網膜色素変
性症だと白内障が進みやすいのかというメカニズムはよくわかっていません。網膜色
素変性症そのものは、網膜の細胞の遺伝子の異常で起きてきますけれども、それがど
うして白内障を起こしてくるのかということはよくわかっていません。ただ、明らか
に早くに起きてくるし、網膜色素変性症で落ちている視力をさらに落としてしまって
いるというのは事実です。
白内障の治療ですが、開業の先生はほとんどまず目薬をお出しになります。カタリ
ンとか、カリーユニなどです。網膜色素変性症の患者さんでも、白内障が出ているか
らということで、このような薬をつけている方がいます。最近新聞で見てご存知の方
もいらっしゃると思いますが、これは白内障の視力改善にはつながらないというデー
タが厚生労働省の研究班から出て、それが新聞に大々的に載りました。日本人の心理
と申しましょうか、「白内障は手術でしか治りませんよ。手術をしましょう」と申し
上げても、患者さんが「いきなり手術ですか?」とか、「何とか手術以外で治りませ
んか?」と言われるので、とりあえず目薬をお出しすることがあります。もし白内障
があるといわれて、目薬を出しましょうかといわれたら、つけたい方はつけてもいい
ですけれど、面倒くさいと思われる方は「いりません」とはっきりおっしゃった方が
いいと思います。
白内障で視力が下がってきた場合、治す方法は手術しかありません。私は医者に
なって20年ですが、白内障の手術は20年前には本当に見えなくなってからやりま
しょうと言っていました。今は非常に安全になりましたので、ご本人が不便を感じる
ようであれば手術をしましょうということになります。昔は0.3とか0.1になら
なければ手術しませんでしたが、今はその状態をご自分が不自由と感じるかどうかに
よります。例えばタクシーの運転手さんです。タクシーの運転手さんも今は結構ご高
齢の方がいらっしゃいます。大丈夫かなと思うくらい高齢の方が運転していますが、
そういう方ですと、たとえ視力が1.0でも、夜運転するとまぶしくなるとか。白内
障があると、コントラストが下がり視力が落ちます。眼科で視力を測るときはコント
ラスト100%で測ります。真っ白の上に真っ黒の字がのるでしょう。ああいうのを
コントラスト100%といいます。白が100%で黒が0%です。ところが日常の生
活というのはそれほど白黒はっきりしません。みんな何となくグレーがかかってい
て、このプロジェクターの投影画面のように暗くなるとコントラストは20%とか1
0%まで下がっています。そうなると白内障があると視力はストーンと落ちてしまい
ます。コントラストが100%の状態で視力1.0あっても、コントラストが20%
とか30%になると、視力は0.2とか0.3に低下します。逆に、テレビも見ない
し新聞も見ないお年寄りなどで、0.2とか0.3の視力で「それで大丈夫? 夜は
見えるの?」と聞いても「全然大丈夫。見える」という場合には手術はしません。
網膜色素変性症の方の場合はさっさと手術をやってしまった方がよいというのが私
の持論です。残念ながら網膜色素変性症そのものを治すことはいまだにできません。
それに白内障がかぶってきて、視力がさらに下がってきてしまうわけですから。手術
そのものは非常に安全にできるようになっています。それをやったがために視力が下
がるということはもうありません。治せるものは治せるうちに治しましょう。
もうひとつ網膜色素変性症の患者さんの場合は、視軸、すなわち目線の真っ直ぐの
線をちょうど塞ぐように白内障が出てきます。黄斑部が正常に保たれていても、そこ
を覆い隠すように水晶体の濁りが出てきます。唯一見えている部分をカバーしてしま
いますから、早めに取ってしまった方が少しでも見やすくできるということです。
昔は濁った水晶体を丸のまま取り出したのですが、今は水晶体超音波乳化吸引術と
いって、超音波で砕いて細かくして、それを吸い出すという方法を取ります。吸い出
したところに眼内レンズを入れます。この中で白内障の手術を受けられた方はいらっ
しゃいますか? 結構いらっしゃいますね。恐かったですか? 全然? それはよ
かった。
これから白内障の手術のビデオを出します。白目のところを今切っています。こん
なのいやと思う人は下を向いていてください、すぐ終わりますから。白目と黒目の境
目を3ミリとか4ミリの小さな幅で切っていきます。昔は半分くらいガバッと切った
のですが、いまは本当に小さな切り口ですみます。そんなに血が出ないから大丈夫で
すよ。基本的に血の出る手術ではございません。ガーゼが1枚ちょっと染まるくらい
です。すごく細かくてたいへんですねといわれますが、顕微鏡で見ているとこれくら
い大きく写りますので大丈夫です。ただ手が震えると恐いので、前の晩にお酒を飲み
すぎたりしないように注意します。
痛くないから大丈夫です。麻酔が入っていますので、まったく痛くありません。た
だ見えなくする麻酔ではないので、患者さんには顕微鏡の光を見てもらいます。光を
見ていただくと、こちらも手術がしやすいポジションになります。実は、網膜色素変
性症の患者さんで、結構進行してしまっている場合には、顕微鏡の光がわからない方
がいらっしゃって、目がきょときょとしてやりづらいので、目が動かなくなる麻酔を
する場合もございます。これは眼底に異常のない患者さんの手術の模様です。
白内障はどういう構造をしているかというと、栗饅頭なのです。皮があって、あん
こがあって、真中に栗があるのです。いま何をやっているかというと、栗饅頭の皮の
内側を丸くくりぬいています。要するに皮だけを残して、あんこと栗を取ってしまい
ます。残した皮の中に眼内レンズを入れます。丸くくりぬいて、後であんこと栗を取
り出します。
手術時間はいろいろで、「私は5分で終る」とか、「3分半で終る」とか、宣伝し
ている医者もいます。年に3000件とか5000件を一人でやっている医者もいる
ので、それくらいでやってしまう人もいますけれども、大体20分から30分以内で
終れば普通に終ったと考えてよいと思います。私自身はかなりゆっくり手術する方な
ので、15分くらいかけてのんびりやります。ときどき5分で終らないからおかしい
という人もいます。誰も5分で終わるなんて言っていないのですが。
超音波の道具を目の中に入れて、栗饅頭の栗を砕いています。栗は硬いので、栗だ
けをぽんと出そうと思うと傷口を大きくしなければなりません。小さな傷口から栗を
出すにはどうすればよいかということで、超音波を当てて栗を細かく砕いて、それを
外に吸い出す方法が考案されたのです。
手術中はリラックスしていただければよいのですが、結構男性の患者さんの方が緊
張しています。女性は結構のんびりして「えー、もう終ったの」と。男性は全身に力
が入って「目をぎゅーとしないで。お願いだから」と言わなければならないことがあ
ります。最後にあんこが少し残っていますので、あんこをきれいに取り出していま
す。濁りがなくなったでしょう。栗饅頭の皮だけが残った状態になりました。このあ
と皮を大きく膨らませて元のお饅頭の形に戻します。
これから眼内レンズを入れます。眼内レンズは小さくても5ミリから6ミリあるの
で、3ミリの傷口から二つに折り曲げて入れます。やわらかいアクリル樹脂でできて
います。入れてくるっと回して離すと、レンズが開いていきます。レンズにばねのよ
うな足が付いていて、これで固定されます。栗饅頭の皮のところに引っかかるように
なっていて、これで一件落着となります。目の中をきれいにして終わりです。傷口が
3ミリしかありませんので、何か合併症があれば別ですが、縫わないでそのままにし
ます。ただ目をこすると恐いので、こすりそうな人の場合は縫います。
入院するかどうかの問題がございます。最近、開業の先生方は日帰りでやるところ
が多くなりましたし、病院でも日帰りのところが多くなりました。これは一長一短が
あると思います。日帰りの場合は慣れない入院をしなくてすみますし、その日からお
家でお休みになることができますが、ただ次の日もその次の日もちゃんと通っていか
なければなりません。頻繁な通院ができることがひとつの条件です。たとえば血圧が
高いとか、糖尿病があるとか、心臓の調子が今ひとつとか、合併症のある人の場合
は、やっぱり入院していただいた方が安心です。少なくともその晩は入院していただ
いて、次の日の朝診てもらってから帰る方が安心です。いずれでも良いと思います。
患者さんの便利な方がよいと思います。ちなみに千葉大学はいま二泊三日で、前の日
に入っていただいて、手術して、次の日の朝診て、問題がなければ、それでお帰りい
ただくという体制をとっています。
白内障の手術をした後どうなるかというと、たいがい手術の翌日には眼帯をはずし
てしまいます。目薬をつけ始めていただきます。病院によって違いますけれども、翌
日から首から下の入浴はOKです。顔を濡らさなければいい。顔をごしごし洗うのは
一週間後、それまでは顔を静かに拭く程度にしていただく。二週間経ったら、髪の毛
を下向いてザバザバ洗っていただいてよい。それまでは美容院で上向いて洗っていた
だくか、ドライシャンプーをしていただく。一週間後から軽い運動はOKで、1ヶ月
経ったら普通の生活に戻って何をしてもいいです。めがね合わせもそれくらいでしま
す。眼内レンズを入れると入れるレンズの度数によってどこが見えるかが決まってし
まいます。遠くにピントを合わせるか近くにピントを合わせるかということが出てき
ますので、たとえば近眼が元々強くて近くをじっと見つめる癖がついている方は、手
術後も近眼めに合わせるようにします。近くで物を見るのに慣れているから。その場
合はレンズを入れてしまうと遠くは見えませんから、遠くを見るときはめがねを使わ
なければいけないということになります。そういうのを1ヶ月あるいは2ヶ月くらい
の落ち着いたところでやります。
手術の合併症というのはいろいろあるのですが、千葉大学でやった網膜色素変性症
の患者さんの白内障の手術のデータが最近まとめました。過去10年間に手術をした
54人の網膜色素変性症の患者さんの87眼のデータです。男性が29例、女性が2
5例です。年齢が32歳から82歳。平均は61歳です。32歳の若い患者さんが
入ってくるのが網膜色素変性症の特徴といえます。若い方でも白内障が視力の邪魔に
なれば手術の対象となります。
これは手術前と手術後の視力の変化を見たグラフです。手動弁とか指数弁などのか
なり視力の悪い方も手術を受けています。幸いなことに、手術して悪くなった人はい
ません。手術しても視力という点では変わらなかったという人が数人いらっしゃいま
す。最終的な視力は持っている網膜の機能次第で変わってきます。例えば手術前0.
2の視力だったのが1.0になったり、0.4くらいだったのが0.9になったとい
う人も結構いらっしゃいます。繰り返し言うように、最終的に持っている網膜の機能
で決まりますが、網膜色素変性症で見えなくなったと思っていたのが、実は白内障で
見えなかったのだという例が少なからずあるということをこのデータが示していま
す。視力表で2段階以上の改善は、80%以上の患者さんで得られています。残念な
がら、20%が1段階程度の改善。ただし、悪化した患者さんはいらっしゃらなかっ
たというデータです。
白内障の手術の合併症というのは確かにあります。非常に安全になったとはいえ、
1500から2000件に1回、失明の危機に瀕するような合併症が起きることがあ
ります。その一番大きいのが、眼内炎と言って細菌が眼の中に入って増えてしまいま
す。眼内レンズは無菌状態ですし、眼の周りは十分に消毒してやるし、使う道具もす
べて無菌のものを使いますが、それでもばい菌はどこかに必ず隠れています。たとえ
一個や二個でも眼の中に入ってそれが増えてしまうことが起こり得ます。それが15
00件から2000件に1回の割合で起きてきます。早くに見つければ、大事に至り
ませんが、発見が遅れたりすると、その後手術をしてもなかなか視力が出ないという
ことがあります。したがって白内障手術は絶対に安全とはいえません。患者さんにお
話するのは、遠くへ行くとき飛行機に乗るじゃないですか。そのときに航空会社は
「うちの飛行機は絶対に落ちません」とは言いません。リスクは必ずあるのです。で
は飛行機に乗らないで船で行くかと言って、2週間も3週間もかけて船で行くより
は、12時間で飛行機で行く方を選ぶのですから。それに近い部分があると言えま
す。私たちは責任を逃れようと思って言っているわけではありません。1500件に
1件の事故を2000件に1件に減らすために日々努力していますけれども、やっぱ
り起きてきます。医療ミスというのが最近いろいろ言われますが、どうしても避けら
れずに起きてくることというのはあります。細心の注意を払っていても起きてくるト
ラブルというのはあります。人間が人間の身体をいじりますので、いかに修練を積ん
でいても、状況によってはトラブルが起こります。
白内障の手術で網膜色素変性症の場合に何か特別なことがあるのでしょうか。網膜
色素変性症の白内障は、通常の老化現象に基づく白内障ではないということ。それと
もうひとつ多いのが水晶体の支えが弱いということ。水晶体というのは、眼の中にハ
ンモックのように紐状のもので吊られた状態にあります。宙吊りの状態です。そして
網膜色素変性症の方の場合、吊っている力が弱い場合があります。支えが弱いと何が
起きてくるかというと、水晶体ごと眼の中に落っこちていってしまう。あるいは栗饅
頭の皮が一部裂けてしまう。皮に亀裂が入るとそこにレンズを入れることができませ
ん。私自身も網膜色素変性症の患者さんの手術をたくさんやっていますが、実感とし
て何でもない方に比べると起こり得ることです。他には手術後に起きてくることなの
ですが、前嚢収縮とか後嚢混濁といって、中に眼内レンズが入ったままで皮が縮んで
きて光が通りにくくなります。饅頭ごと落っこちたのは結構厄介な手術になります
が、皮が濁る分にはそれほど困ったことは起きてきません。ほかの病気を持っていな
い方に比べると、術後にがたがたすることがあります。
白内障の手術をすると、術後に網膜色素変性症が悪くなるのではないかという点で
す。このことは昔から言われています。そういう意見があります。いちばんの根拠と
なるのは、色素変性症の患者さんが、子供のころに片方の眼に怪我をして、その眼が
白内障になった。もう一方の眼に白内障はなかった。非常に強い白内障が子供のころ
に起きて、大人になるまで片方の眼だけで見てきた。「あなたのこの眼は怪我をした
からだめなのよ」と親に言われて、そんなものだと思って過ごしてきた。50歳くら
いになってから、「白内障の手術をした方がいいですよ」ということで手術をしてみ
た。そして眼底を見てみたら、白内障で光がちゃんと入ってこなかった眼の方が網膜
色素変性症の進行が遅かった、という報告がずーと昔に1例ありました。最近出た報
告は、14年の間隔を置いて左右の白内障の手術をした。片方の眼が何故か白内障が
早く出たので手術をし、もう片方は14年後に手術をした。先に手術をした眼の方が
網膜色素変性症の進行が急激で、後の方が進行が緩やかだったという報告がありま
す。つまり白内障で光をさえぎっていた方が網膜色素変性症の進行にとっていいので
はないか、護っているのではないか、という可能性はあります。
先ほど示した千葉大学の統計の中で、10年くらいの間隔を置いたときに視野がどう
なっているかを見てみました。片側だけをやった患者さんをピックアップしてみまし
た。これは65歳くらいの方で上の二つが手術前の左眼と右眼の視野で、左眼の手術
をしました。手術前の視力が左眼は0.02、右眼は0.3。下の段が6年後の視野
です。手術した方の視力が0.05、反対の眼は0.3で変わらず。視野ですが、中
心部の視野はほとんど変わっていません。周辺に島状に視野が残っていますが、どち
らの眼も小さくはなっていますが、手術した方が小さくなったというわけではありま
せん。手術した方もしていない方も周辺の視野が若干ですが同じように狭くなってい
ます。もう一人は68歳の女性の方です。この方も左眼の手術です。手術前が0.
5、右眼が0.3。手術前の視野は両眼とも中心の20度だけが残っています。手術
した方の眼は0.5が1.0になりました。反対の眼は0.3のままで変わりませ
ん。7年後の視野は、手術前とほとんど変わっていません。手術した方もしない方も
ほとんど変わらず20度くらいのままです。87眼の手術の中で4例だけ片眼のみの
手術をしています。すべての症例で視野の進行に左右差はありませんでした。ここで
言えることは、20年、30年となるとどうなるかわかりませんが、10年程度の短
期間については、白内障の手術をしても悪いことはないだろうということです。手術
による合併症さえ起きなければ問題ないと思います。
最近の話題から黄斑浮腫についてお話します。網膜の中心部の黄斑にむくみが出る
病気です。統計によって違いますが、網膜色素変性症の患者さんの10〜20%に起
きるといわれています。黄斑にむくみが出るために視力が下がります。糖尿病とか、
眼底出血があると起きてきますけれども、この網膜色素変性症の場合は理由がよくわ
かっていません。細胞の機能が落ちているからだとか、炎症が起きているからだと
か、いろいろ言われています。従来の治療法は、ダイヤモックスという炭酸脱水酵素
阻害剤を飲んでいただくというのがスタンダードな方法でした。ダイヤモックスは、
飲みますと身体の中の水を搾り出して、電解質のバランスを崩してしまいますので、
手足が痺れたり、食欲がなくなったりします。たまに丈夫な方がいて、何ヶ月も飲ん
で全然平気という方もいらっしゃいますので、そういう方は飲んでいただいて結構で
す。普通は2週間も飲むと「先生、これ止めたい」となって中止することが多いで
す。ステロイド剤、副腎皮質ホルモン剤が効くという報告もあって、そういう飲み薬
を出すこともあります。一部ではレーザー光線を当てて、腫れを引かせようというの
もあるのですが、これは効きません。従来、網膜色素変性症に黄斑浮腫が合併した場
合は、有効な治療法がないので困っていました。例えば0.5くらいの視力があった
人が、黄斑に浮腫が出たために0.1とかにストーンと落ちるのです。このときの視
力の落ち方は、網膜色素変性症のゆっくり進んでいくのと違って、ストーンと低下し
ます。また必ずしも両眼に起きるわけでなくて、片方だけに起きます。一方の眼の視
力だけが急激に落ちたときは、浮腫が起こっていることがしばしばあります。
糖尿病の黄斑浮腫に対しては、最近私たちは積極的に手術をして良い結果をあげてい
ます。黄斑というのは目玉のいちばん奥の底ですから、そこまで機械を入れていじり
ます。実を言うと、私は東邦大学にいたときに網膜色素変性症の患者さんの黄斑浮腫
を1例だけ手術したことがあります。安達先生に知れたら、「網膜色素変性症の患者
さんの網膜をいじるとは何事か」と絶対に怒られるだろうなと思ったので黙っていま
したが。その1例の経験ではあまり効きは良くなかったです。その方も飲み薬などを
使ったけれども良くならないので、患者さんとよくお話して手術をしましたが、ほと
んど効果はありませんでした。ところがつい最近スペインから網膜色素変性症に合併
した黄斑浮腫の12例に手術をして、そのうち10例について黄斑浮腫が良くなっ
て、しかも視力が3段階以上も改善したという報告がありました。これはスペインの
かなり過激な手術をするので有名なグループによるものです。これはその手術の1例
です。左側が手術前です。蛍光眼底撮影で白いもやもやとしたところがむくみのある
ところです。視力0.1。手術のあと視力が0.5になりました。もやもやがなく
なっています。網膜の断面は正常の姿に戻っています。この論文を見て私は実はやら
れたなと思いました。だからと言って、明日から網膜色素変性症の黄斑浮腫の患者さ
んに手術をするかというと実はまだ迷いがあります。
網膜のいちばん表面に、内境界膜という厚さ10ミクロンくらいの非常に薄い膜
が、網膜のいちばん内側を境しています。それをこのスペインの連中は剥がしている
のです。これは剥がしている映像です。緑色の色素を吹きかけると表面が緑色に染ま
ります。これを特殊な先端の細いピンセットでつまんで、剥いていきます。糖尿病の
黄斑浮腫でこの手術をすると、きれいにむくみが取れるのです。網膜色素変性症の黄
斑浮腫でそこまでいじっていいかどうかの決断が私自身つかないでいましたが、この
報告ではそれをすると治ると出ています。スペインからの報告では、症例数は12例
と少ないのですが、網膜色素変性症の黄斑のむくみに対する治療法としては、いまま
でのどの報告よりも成績としては優れています。本来網膜に備わっている内境界膜を
剥いて取ってしまうということが、やって大丈夫かどうか。これはまだ手術後半年ま
での成果しか報告がないのですが、5年10年と経ったときに、最終的にどうなるか
はわかりません。逆に網膜機能を低下させてしまう危険性があると言うことがひとつ
です。それでも今までの手術よりは非常に良く治るとはいえると思います。これは最
新のお話です。
以上のお話をまとめますと、白内障手術については、合併症については十分納得し
ないといけないと思いますが、やることのメリットが大きいので、積極的にお考えに
なった方がいいだろうと言えます。ただし、網膜色素変性症に特有の合併症がありま
すので、手術をお受けになるのであれば、まず白内障手術が上手で、なおかつ網膜色
素変性症のことも良く知っている医者を選んで手術をお受けになった方が良いと思い
ます。網膜色素変性症の患者さんの白内障の手術はそんなに数がないので、白内障の
手術が上手だからといって、色素変性症のことがよくわかっていないと、何かこじれ
たときに対応が変わってくる可能性があります。後半でお話した黄斑のむくみに関し
てですが、ひとつ大事なことは網膜色素変性症に黄斑のむくみが起こるということを
知っている眼科医が決して多くないということです。これの診断ができない医者が多
いのです。そういうことがわかる医者に定期的に診てもらったほうが良いと思いま
す。視力が下がっているのだけれど、「これは仕方がないよね。色素変性症が進んだ
のだから」ということで片付けられてしまう可能性はあります。千葉大学では若い医
師に、網膜色素変性症の患者さんで視力が下がってきたら黄斑を良く診るようにと指
導をしています。残念ながら、むくみが出ているということであれば、まず内服治療
を試すという方が良いと思いますが、それでもだめであれば、よく医者と話をして、
手術を考えるのもひとつの方法かと思います。ただ千葉県内でこの手術に手を出すの
は私以外にいないと思うので、そういうことになったらゆっくりとご相談いただきた
いと思います。今日のお話は以上です。
Q:右の方の眼ですが、横の線が真中あたりからカクンと下がって段が付いたように
見えるのです。視力は0.03くらいです。これは黄斑部とは関係ございませんか。
A:やっぱり黄斑が悪いのだと思いますが、ただ今お話した黄斑のむくみというのは
あくまで急に出てくるものです。網膜色素変性症の方は、多くの場合黄斑は保たれま
すが、やられる遺伝子の場所は患者さんによってさまざまですし、遺伝子の場所に
よっては黄斑の障害が出やすい場合もあるわけです。周辺だけがやられてしまう遺伝
子の場合もありますし、別の遺伝子の場合は黄斑も共に障害が進んできてしまう場合
もありますので。確かに真中でカクンとゆがむとか視力が落ちるというのは黄斑です
が、ほとんどの場合は色素変性症の方でやられてきているのです。今まで真中が何と
もなかったのが、突然ふーと視力が下がってきてしまう場合は、いまお話した黄斑の
むくみも考えないといけないということです。
Q:左の眼の方は猫の眼のように縦長に歪んで見えるのです。これは網膜色素変性症
のためでしょうか。
A:白内障はどうなのですか。(あります)。それの影響もあるから、診てみないと
わからないですね。見せてください。
Q:黄斑変性症について教えてください。
A:黄斑変性ですね。黄斑の病気は実はたいへんたくさんあって、糖尿病に出てくる
のは黄斑浮腫といって、黄斑にむくみが出てくるものです。それ以外ですと、加齢黄
斑変性症というのがあって、高齢化社会の進行と共に増えてきている病気です。治療
法が全然異なりますし、一概にはコメントがしにくいです。加齢黄斑変性症であれば
それなりの治療法があり、糖尿病の黄斑浮腫とはまったく違います。そのほかには網
膜色素変性症の仲間の病気で、黄斑がやられてくるという病気ももちろんあります。
いろんな病気で黄斑がやられてくるのです。症状的には視力が下がるということにな
ります。原因はさまざまでそれによって治療法も変わってきます。
Q:いま診てもらっている眼科で白内障の手術を進められている。3年くらいに千葉
大学で見てもらったときには、白内障のことは全然気にしなくて良いといわれたので
す。だからよくわからないのですが、手術した方が良いのでしょうか。
A:見せてください。結局、私自身が網膜色素変性症の患者さんに白内障の手術をし
たらどうですかとお話するときは、まず主軸の真中に濁りがかかっているかどうかと
いうこと、患者さんの視野がどのくらい残っているかということ、この2点をポイン
トとして考えることが多いです。いま結果を示しましたように、視力が下がるという
ことはありません。視力が変わらない方でも、たぶん半分以上お世辞だと思うのです
が、明るくなりましたとか、結構患者さんも気を使ってくださるので、少しはいい感
じがしますね、などと。これはほとんど変わっていないのかなあと思わせる患者さん
もいますが、やってみないとわからない部分というのはどうしてもあります。合併症
も非常に数が少ないし、ほとんど起きません。白内障もあまり進んでしまうと手術そ
のものがやりにくくなります。やりにくくなればそれだけ合併症も増えてきますの
で、早めの段階でやっておくことをお勧めします。ただ結果についてはやってみない
とわからないので、なんともいいがたいところがあります。いまの例でも、1.0出
る方もいれば、0.3が0.5にしかならない方もいます。それでも濁りが1枚取れ
るということはそれなりのメリットがあると思います。最終的には患者さんに残って
いる視野と、濁りの強さと場所、それから視力、この三つの関係を良く考えて患者さ
んとよく相談するということになります。手術に対して後ろ向きというか、いやだと
いう人に無理強いすることはしません。最終的には患者さんに決めていただかなけれ
ばならない部分があります。個別の案件に関しては拝見しないとなんとも申し上げら
れません。
Q:大木眼科に行っているのですが。
A:市原の大木眼科には私も行っています。私が行ったときに回してもらうようにし
てください。
A:千葉大学では月曜日と水曜日に診ています。千葉大学に通院中で主治医が決まっ
ている場合には、山本に診てもらいたいと一言いっていただければ、回るようになり
ます。月に2回は五井の大木眼科で診察をしています。月1回ですが、大網のおおあ
み眼科でも診察しています。あと仁戸名の社会保険病院でも週1回診察しています。
ご要望があれば、診ますのでおっしゃってください。
Q:私も千葉大学で白内障の手術を受けたのですが、そのとき白内障の手術後レー
ザーを4、5回打ってようやく症状が安定したという人がいましたが、どこにレー
ザーを打つのですか。
A:それは最後にお話した饅頭の皮が濁ってしまうことに対する治療です。人工レン
ズの裏側の饅頭の皮が濁った場合に、そこにレーザーを当ててそこを吹き飛ばしてし
まうという方法です。普通はレーザーの照射1回だけで終わりです。
Q:後発白内障というのは何ですか。
A:いまの話と同じことです。残した膜が濁ってくるのを後発白内障といいます。
Q:二つ上の姉が鹿児島に住んでいるのですが、9月の頭までは運転していたのです
が、それが最近になって急に見えなくなって、今は光をすごく恐がります。帽子を
被ってサングラスをしてジャケットを被っても、外に出るとまぶしくて、受け付けな
い状態なのですが、これはどういった感じなのでしょうか。
A:網膜色素変性症なのですか。(最近一気に10年分くらい悪くなったといって、
心療内科にも通っていますが、精神的にもすごく参ってしまっています)。
A:二つあると思います。周辺部がやられていただけなのが、病気が真中に及んでき
たと言う可能性はありますね。そうすると元々網膜には錐体と桿体という2種類の細
胞があって、錐体は明るいところで働く細胞で、桿体は暗いところで働く細胞です。
網膜色素変性症の場合は、桿体という暗いところで働く細胞が最初にやられてくる。
だから夜盲が出てくるわけですが、進行していくと、錐体も巻き込まれてやられてい
きます。錐体細胞がやられてくると、明るさに対する過敏性が出てきます。そうする
と視力ももちろん下がってきますので、その可能性はあるといえます。
Q:今は家の中で暗い部屋にこもった状態なのです。これに対処するにはどのように
すればよいのですか。
A:やはり遮光眼鏡を使うことですね。(すでに使っています)。正しいものかどう
かですね。私は都城の宮田眼科病院でときどき診察していますので、そのときに診せ
て頂きましょうか。
Q:白内障の手術を検討しているものです。年齢はまだ30歳になっていません。都
内の大学病院と所沢の国立身体障害者リハビリテーション病院の両方にかかっていま
す。眼内レンズに透明のものと網膜色素変性症用のものがあると伺っているのです
が、大学病院では網膜色素変性症用のものを入れて方が良いと言われてまして、所沢
ではどちらでも良いと言うことです。年齢的にも普通のものを入れて、まぶしければ
遮光眼鏡でカバーすればいいのではないですかと言われているのですが、どちらの方
がいいですか。
A:どちらが確実に良いというデータはまだないです。今までの黄色いレンズは折り
たためなかったのですが、今は折りたためる着色レンズができてきていますので、私
は今後はこちらを使っていきたいと思っています。黄色いレンズが良いと言われてい
るのは、青い色をカットするからです。まぶしさを軽減するということよりも、動物
実験の結果からですが青い光は網膜に障害を与えると言われてますので、長期的に見
た場合には黄色いレンズにするべきだと私は思います。
Q:着色レンズを入れても結局は遮光眼鏡は必要だと聞いているのですが。
A:眼内レンズであまり色をつけてしまって、網膜に入る光そのものをあまり少なく
して、暗すぎるとなるとレンズを入れ替えない限り明るくできませんから、網膜に到
達する光の量は最大限にしておかなければいけない。その上で、まぶしいことの対策
などとして遮光眼鏡を使ってくださいということです。
Q:私は緑内障になりやすい眼で、予防のために白内障の手術も考えられる、といわ
れたのですが。
A:おそらくそれは水晶体が少し前に膨らんでいるのだと思います。網膜色素変性症
の方は水晶体を吊っているハンモックが弱いことが多い。弱いと、少し水晶体が前の
方にずれてきます。眼球の前方、角膜寄りによって来ると、緑内障を起こすことがあ
ります。それで水晶体を取った方が良いといわれているのだと思います。本当に水晶
体が前の方にずれてきていて、現状では緑内障の発作を起こす危険があるのであれ
ば、後は白内障の程度にもよりますが、水晶体を取ってしまう方が緑内障の心配を取
り除き、視力が低下することを防ぐ点からも良いと思います。いずれにしても年を
取ってくれば、白内障は進んできますので。比較的白内障の程度が軽いうちに手術を
お受けになった方が、いろんな合併症も少なくてすむと思います。
Q:私は今ほとんど見えないのですが、それでもやった方が良いということですね。
A:後はその緑内障の発作をどの程度起こす危険性があるかという判断ですね。それ
は診てみないとわかりませんが、水晶体を吊っている力が弱いのでずれやすいという
ことがありますので。