あぁるぴぃ千葉県支部だより43号


■特集 全国大会の講演内容■

★全国大会記念講演第一部 「網膜色素変性、治療への展望」

千葉大学大学院医学研究院眼科学 教授 山本 修一 先生
 おはようございます。3年前から安達惠美子先生の後任を務めております千葉大学眼科 の山本でございます。今日は、たくさんの皆さまを千葉にお迎えできたことをたいへん光 栄に思います。やはりJRPS発祥の地である千葉という状況を考えますと、私たち千葉 大学がしっかりやらなければいけないと常々思っております。
 今日は網膜色素変性症の治療の展望ということでお話をします。4月の終わりにフロリ ダのフォートロダデールというところで、毎年アメリカの眼科の、どちらかというと基礎 的な研究をするARVOという大きな学会がございます。今年、そこで見てきた網膜色素 変性症の治療に関わる話題をご紹介したいと思います。
 いま網膜色素変性症の治療として比較的近い将来に実用化されるであろうと期待される のは三つあります。一つは遺伝子治療であり、もう一つは人工網膜、それから細胞移植、 特に最近は幹細胞移植が期待されていますが、その三つを中心にお話をします。
 最初に遺伝子治療ですが、レーベル先天盲という幼少時から視力がすごく落ちてしま う、網膜色素変性症の中でもかなり重症なタイプの病気に、RPE65という遺伝子の異 常があることが知られています。このRPEとは網膜色素上皮細胞のことです。このRP E65という遺伝子異常のある犬もいます。その犬に対して、RPE65という遺伝子を アデノウィルスというウィルスにつけて、体の中に入れてやると、ウィルスが人間の体に 感染するように細胞の中に入り込んでいきます。その時に一緒に持ってきた遺伝子も連れ て行って、細胞の中に導入することができます。そうやって遺伝子を眼の中に導入すると、 それまでは眼が見えないので、あちこちにぶつかって歩いている犬が、治療をして何週間 かすると、少し見えるようになって、ちゃんと餌のところに行く、光の方を向いたという 報告がすでに行われています。
 しかし、1回そのウィルスを使って遺伝子を入れても、その遺伝子の働きがなかなか長 続きしてくれません。これまでですと、1回の治療で効果が最大で4週間が良いところで す。そうすると、もし人に臨床応用することを考えると、毎月のように遺伝子の注射をし なければいけないことになります。ですから、今の最大の課題はもっと長く遺伝子がたく さん入り、しかもその遺伝子がなるべく長い間働いてくれるような方法を考えなければい けないと、研究の方向性が少し変わってきています。遺伝子を運ぶためのアデノウィルス の構造を変えてやって、特に網膜色素上皮細胞に効率よく遺伝子を持って行けるような、 アデノウィイルスの開発が進んでいます。ただ、ウィルスに病原性がなく、無害にしてあ るといっても、やはり本来は外から来ないはずのものです。人間の体には他所から来たも のを、排除しようという免疫という働きがあります。眼でそれが起こると、ぶどう膜炎や 網膜剥離が起きるなど、かえって悪いことが起きてしまいます。その辺の安全性の問題も、 研究の上で非常に重要なものだと考えられます。
 遺伝子治療の中で最も臨床応用に近くなっているのが、アメリカで臨床試験が始まって いるCNTF(毛様体神経栄養因子)という物質を使って、網膜色素変性の進行を遅らせ ようというのがあります。国立眼研究所のシービング教授を筆頭としたグループが進めて います。このCNTFは、毛様体から放出される神経を栄養因子とする特殊なたん白質で、 これをどんどん作り出すように細胞を遺伝子操作します。そして細胞を今度は、小さなカ プセルに閉じ込めます。細胞が作り出す神経栄養因子だけが、眼の中に少しずつ放出され るような特殊なカプセルを作ります。それを眼の中に埋め込むという、患者さんを対象に した臨床試験がアメリカで始まっています。
 動物実験ではこのCNTFを使うと、網膜変性の進行が遅れることが分かっています。 皆さんご存知のように、網膜変性にはいろんなタイプがあり、一つの動物モデルで網膜色 素変性症のすべてを語ることはできないですが、このCNTFを使った実験のすごいとこ ろは、これまでに13種類のいろんな遺伝子異常の異なる実験動物モデルそれぞれに、こ のCNTFを使ってみると、どの動物モデルでも、網膜変性の進行が遅れることが明らか になっています。
 ですから遺伝子治療といっても、このCNTFは持っている遺伝子の異常はとりあえず 置いておいて、とにかく眼の網膜の細胞が死ぬから見えなくなっていく、視野が狭くなっ てくるわけですが、それを遅らせてやろうというのがCNTF治療の目標であります。
 実際に10名の視力をほとんど失った患者さんに、カプセルを硝子体の中に、直接埋め 込む実験をしています。そして、6ヶ月後にそのカプセルを取り出しています。全く最初 の試験なので、まず眼の中に入れて、大丈夫かどうかが問題になるわけです。入れたこと で眼に変な炎症が起きたとか、網膜剥離が起きたりすると、これはもう治療以前の問題に なってしまいます。そこでまず、安全であるかを試す試験を行ないました。6ヶ月後に細 胞の入ったカプセルを取り出して、中の細胞を調べてみると、6ヶ月眼の中にあったにも かかわらず、まだ細胞は生き残っているし、かつ必要量のCNTFを産生し続けています。 少なくとも眼の中に入れている6ヶ月間は、期待した働きを、カプセルの中の細胞たちは していたことになります。
 さらに10名患者さんのうち3名では、視力が1ないし2段階向上していたことが分か っています。視野が実際に広くなったとか狭くなったとか、細かいデータはまだ出ていま せんが、ごく初期の段階の試験でありながらも、視力の向上が期待できるものです。
 おそらく、CNTFという毛様体神経栄養因子が網膜の視細胞、とくに錐体細胞、これ は昼間明るいところで細かいものを見るのによく働く視細胞ですが、その錐体細胞の代謝、 細胞の活動を活発にして、それによって機能が向上したと、今のところ考えられています。 直接にCNTFがどうして細胞の変性を遅らせるのか、まだ分かっていない部分はたくさ んあります。が、少なくとも今回の臨床試験で、カプセルを眼に埋め込んでも安全だし、 そして変性を遅らせるだけでなくて、良くなる可能性が出てきて、進んでいる研究の中で は、一番実用化が近い試みだろうと考えられます。
 これはすごいなと思いますが、一つひっかかることがあります。ERG(網膜電図)と いって、眼に電極をはめて光を当てて、網膜の反応を見る検査があります。皆さんの中に も眼科で受けた方もいらっしゃると思います。動物実験では、視力を測るわけにはいきま せんし、視野を測ることもできませんので、ERGが唯一の指標になります。このCNT Fを動物に入れると、実はERGの反応は悪くなります。これが非常に矛盾していて、神 経保護作用があるのに、どうしてERGが悪くなるのか、よく分かっていませんでした。
 今回の学会の発表では、CNTFを入れると、実は別のbFGFというたん白質が増え てくることがわかりました。bFGFは本来傷を治すために細胞を集める指示を出す因子 ですが、神経細胞と神経細胞の間の伝達を、邪魔しているらしいことが分かりました。b FGFが網膜の神経細胞の中の信号の伝達を邪魔するために、反応が全体に遅れてくる、 あるいは反応が小さくなってくることで、ERGの反応が小さくなってくると考えられて います。
 この他にも動物実験の中では、行動からネズミが見えているかいないかを、判断する検 査がいくつかあります。そういう検査でどうも見え方が悪くなっているという兆候もあり ます。これが、今後のCNTFの臨床応用が進んでいく間では、一つの壁になってくるし、 それを上手に乗り越えて行かなければと思います。
 では次は、人工網膜のお話をしたいと思います。
 網膜は皆さんご存知のように、信号の伝達という点から考えると、三層の構造になって います。まず、一番網膜の外側にあるのが視細胞、物を見る細胞です。錐体と杆体の二種 類の視細胞がありますが、この細胞は光が当たると、その光を電気の信号に変えるという 働きをしています。その視細胞の反応を、さらに神経の方へ伝えていくのが、双極細胞と いう細胞です。さらにその先に神経節細胞という細胞があります。この神経節細胞から先 は視神経で、頭の方へ信号が伝わっていきます。
 網膜色素変性症では最初の視細胞がやられます。ところが、第二段階の双極細胞、第三 段階の神経節細胞は、ほとんどの患者さんで生き残っています。最初の光を電気に変える 入り口だけが飛んでしまうが、後の二つは生き残っています。ならば、最初の光を電気の 信号に変えるその部分だけを、何かと置き換えてやればいいというのが、そもそも人工網 膜の発想です。テレビカメラでもいいですが、光を電気の信号に変えて、その電気で生き 残っている網膜の細胞を刺激してやります。そうすると、後は自分の神経を伝わって、自 分の脳で見える、見えないという判断ができるだろうというのが人工網膜の考え方です。
 今言いましたように、光をあるいは外で見えたものを電気の信号に変えて、網膜を刺激 するわけですが、その刺激の方法には二通りあります。テレビカメラみたいなもので映像 を取り込んで、その取り込んだ映像を信号に変えて、網膜を刺激するのが一つの方法です。 もう一つの方法は、光を受けると電気の信号を出す、フォトダイオードです。
 それから今度は、電極をどこに置くかです。同じ網膜を刺激するのでも網膜の表面に置 く、あるいは網膜の裏側に置く、あるいはもうちょっと眼球の外側、遠くから網膜を刺激 してやるという、三通りの方法があります。それぞれのグループによって違う組み合わせ で、どれが一番良いか競争が進んでいます。
 今までのアメリカとドイツの方法は、網膜に直接接する形で電極を置いています。網膜 の上に乗せる、あるいは網膜の裏に乗せる、いずれにしろ硝子体手術といって、眼の中に 直接機械を入れて手術して、電極を入れてくる方法をとっています。それに対して、大阪 大学の方法は、眼球の外壁である強膜という膜を薄く削いでポケットを作り、その中に電 極を入れます。そうするとそこから網膜までは、強膜の半分があってなおかつその内側に 脈絡膜があります。脈絡膜は、血管が豊富で網膜に栄養を与えている組織ですが、その脈 絡膜のさらに内側に網膜があります。電極と網膜の間に脈絡膜という組織が挟まるという 欠点はありますが、硝子体手術のような眼の中を直接いじる操作をせずに電極を入れるこ とができる利点があります。
 これは電極を入れたけどあまり塩梅が良くない、もう少しちゃんと見えるような電極に 交換したいという事態になった時、容易に電極を取り替えることができるわけです。非常 に臨床的に使いやすいと思います。
 大阪大学では、視力が光覚弁、ようやく光だけが分かる2人の色素変性症の患者さんに これを埋め込んでいます。その電極は5×5ミリ、非常に小さいものですが、この中に縦 3列、横3列の9個の電極が入っているんです。その9個のうちのどれかを刺激して、患 者さんに「何か感じますか? 光を感じますか?」と直接伺ったようです。そうすると、 9個あるうちの例えば1個ずつ、ピコピコとやりますと「あ、何か光を感じます」。よう するに、電気の刺激が網膜の生き残った細胞に行きます。2ヶ所の電極を刺激すると「2 つ光が見えます」。あるいは、斜めや縦で線上に刺激をしてやると「今斜めの線です。縦 の線です。横の線です」と患者さんが分かります。初期の段階ではありますが、そういう 報告が行われています。
 この人工網膜の話で一番最先端を行っているのは、おそらくドイツのチュービンゲン大 学のツレンナー教授です。網膜色素変性症の研究では、世界的な大御所です。このグルー プは、網膜と脈絡膜の間に電極を入れます。私は、日頃の専門は硝子体手術といって、糖 尿病網膜症とか網膜剥離の手術を専門にやっていますが、網膜の裏に電極を入れたり、そ こに電力や情報を送り込むための電線が、網膜の裏をずるずる這い回るのは、普段手術を している人間からすると、かなり恐ろしい話です。
 今回の発表では、網膜の裏に3×3ミリの大きさの電極を埋め込んでいます。そこに刺 激あるいは電力を供給したりしなければいけないです。そのワイヤーは、耳の後ろの皮膚 を切りまして、そこからずっと皮膚の下を、上まぶたのところまで通します。電線を1回 上まぶたのところに出して、その電線の先を今度は眼の中に入れて、網膜の裏をずっと這 わせて一番奥に置いた電極のところに繋いでいます。
 チュービンゲンの場合は、縦4列×横4列の電極を並べておいて、同じように斜めに刺 激したり、3つ電気をつけて「いくつ見えますか?」とか、L字型に電極を刺激して「今、 どういう模様が見えますか?」と実際に患者さんに聞きます。そこの実験でも患者さんは、 電極を1個だけ刺激した場合には「黄色っぽい丸が見えます」とか、あるいは4×4の一 番外側だけの電極を刺激すると「四角が見えます」とか、電極の刺激に応じて光を感じる ことが可能だったようです。
 ただ非常に手術が複雑なために、一人の患者さんではやはり手術後に網膜剥離が出て、 しばらくそれが残ったという報告が、正直にされていました。今回の縦4×横4の電極で、 だいたい視角にして1度、0.01位の視力は出るし、物の動きを追うこともできると報 告がされていました。
 もう一つ人工網膜で先行しているのがアメリカのシカゴを中心とするグループです。こ のグループは、光が当たると電気を出す小さなチップを網膜の裏に直接埋め込んでいます。 これまでに、実際にチップを埋め込んだ患者さんにビデオに出てもらって、発表していま した。「チップを埋めた後どうですか?」と聞くと、「やあ、先生のネクタイの色が分か ります」などと患者さんが言っています。視力検査では「今日は3列目まで見えます」と 言っています。
 やはり初期の段階ですので、安全性のチェックを最初に行ないます。そのために、黄斑 からずっと離れたところにチップは埋めてあります。ですからチップを入れたからといっ て、本当は見えるはずはないですね。しかし、なぜか患者さんは手術前より見えるように なったという発表がされていました。実際見えるようになったといっても、網膜電図はど うだったのかとかは全然やっていませんでした。
 今年の発表では、8名のRPの患者さんにチップを移植したところ、3名の患者さんで、 周辺の視野が拡大したというんですね。もちろんチップは黄斑に埋め込んだわけではなく、 ちょっと外れたところに埋め込んであります。ところが、それよりももっと離れた部分の 視野が広がり、網膜の感度も良くなってきています。
 チップを入れただけで、関係ないところが見えるようになるというのは非常に不思議で す。しかし最近では、光が当たってチップから出る電流が、かろうじて生き残っている細 胞の働きを活発にしているのではないかと推測されています。まだ、動物実験とかで追試 がされていないので、確実なことは言えませんが、その可能性は十分あると思われます。
 もう一つ、人工網膜で進んでいるグループはロサンゼルスのグループです。このグルー プの考え方は、やはり網膜の表面に電極を置くのですが、そこへの刺激はテレビカメラで、 例えば眼鏡に小さいテレビカメラをつけて、そのテレビカメラで撮った映像を、無線で網 膜の上に置いた電極に送り込んで、それで刺激をしようという方法です。
 ここでも網膜の上に電極を置いてみて、さっきの三つ、四つ点けたり、Lが見えるか、 Hが見えるかという実験まではしています。彼らが今度進めようとしているのは、テレビ カメラを眼の中に入れて、そのテレビカメラで撮った映像で網膜を刺激してやろうという、 どちらかというと人工網膜というよりは人工眼球です。眼の外側はそのままですが、中身 を全部取り替えるという発想で、だんだんSFじゃなくなってくるような期待が持てます。
 このほかにも、ちょっと驚いた話が一つあります。網膜の視細胞にあるロドプシンとい うたん白質が光をまず受けると、そのロドプシンの構造が変わり、それによっていろんな 複雑な生化学反応が起きてきます。そして複雑な経緯をたどって、初めて細胞が電気信号 に変えます。ところが、藻、水の中に生えている藻に特殊なたん白質を見つけた人がいま す。そのたん白質が光を受けると、たん白質を含んでいる細胞の膜電位が変わるというん です。
 藻が持っているたん白質があれば、光が電気に変わります。網膜変性のマウスでは、視 細胞はだめになっていますが、視神経に直接電気を送っている神経節細胞は生き残ってい ます。そこで、藻から取ってきた不思議なたん白質をマウスの眼に打ち込んで、神経節細 胞で働くようにしました。そしてマウスの網膜に光を当てると、網膜からその光刺激に応 じた反応が出てきました。
 さらにこの網膜変性マウスの脳の反応を調べてみたら、驚くべきことに光で刺激したら これに対する脳の反応が得られました。もちろん、たん白質を入れてない網膜変性のマウ スはいくら刺激しても光に反応しませんから、脳から何の反応も取れません。
 残念ながら、この藻を毎日ご飯と一緒に食べると、眼が見えるというわけでは全然あり ません。今ルテインがはやっていますので、「ルテインプラス藻」なんていうのも流行る かなと話もしましたが、そうはいきません。ただ、将来的に新しい網膜変性の治療法の可 能性は出てきました。
 もう一つ、おもしろいなと思ったのが近赤外線です。お芋が美味しくなる、お肉を焼く 時に美味しくなるのが遠赤外線ですが、それよりも波長の短い近赤外線、677ナノメー ターという光を当てると、細胞の中のミトコンドリアの機能が高まって、酸化ストレスが 減って、エネルギー代謝が良くなって、抗酸化物質の産生が増えます。細胞の生存率が上 がって、まるでまた「みのもんた」の世界に突入しておりますが、老化も防げるのではな いかというくらい効果があるそうです。
 これが、網膜や視神経の障害を回復させる可能性があるということです。やはり網膜変 性のモデルマウス、特に生後16〜25日でまだ網膜変性がちょうど始まってくる、そこ を過ぎると網膜変性が完成してしまうという時期に、近赤外線を5日間当ててやります。 そして網膜を調べてみたら、なんと何もしないで網膜変性が進んだ場合に比べて、進行が 半分に抑えられたというデータが出ています。
 これをやることで、チトクローム酸化酵素、細胞内の酸化ストレスを減らす、あるいは 抗酸化物質の産生が非常に増えて、網膜変性を止めたのだろうと考えられています。そう すると、青汁じゃないけれども、藻の汁を飲んで近赤外線を当てていると、効くかもしれ ないという考えは、あまりにみのもんた、ですね。
 その他には、副腎皮質ステロイド剤の話もありました。これは眼の場合には、ぶどう膜 炎という非常に強い炎症が起こる病気に対しての治療に使います。それを持続的にごく少 ない量、治療に必要な濃度だけが1年くらいかけてゆっくり放出されてくる特殊な治療装 置が、開発されています。それ網膜色素変性症のネズミに埋め込んでみたら、やはり変性 が遅れたという報告も出ています。
 網膜移植の話をする時間がなくなってしまいました。網膜移植は、ES細胞移植とか、 巷でいろんなことが言われていて期待が持たれていますが、眼の場合非常に難しいと思い ます。網膜には、視細胞、双極細胞、あるいは神経節細胞と、いろんな種類の細胞が複雑 に絡み合って、視覚情報の処理を行っています。移植した幹細胞が、それが必要な細胞に 分化して、あるべき場所に移動して、それから元々ある正常な細胞との間に結合を作らな いといけないです。正常な細胞に信号をちゃんと送ってくれないといけないです。
 そういうふうに、これから先まだ乗り越えなきゃいけない課題はたくさんあると思いま す。例えば、自分の細胞を使ってやれば拒絶反応の心配がありませんが、入れた細胞が全 然関係のないものになってしまったとか、網膜っぽいあるいは網膜の細胞のような働きを している細胞になっているという、曖昧模糊とした状況です。幹細胞移植に関しては、ま だまだ先の話じゃないかなと思います。
 とても雑駁な話になってしまいましたが、この数ヶ月の段階でおそらく一番新しい情報 をお話したつもりです。私は、最近は網膜の手術ばかりしておりますが、1990年代の 初めは、ニューヨークのコロンビア大学に留学して、網膜移植の研究をしておりました。 胎児の網膜を埋め込んで網膜変性を遅らせよう、あるいは病気で傷んでしまった網膜を移 植した網膜で置き換えようという研究をやっていました。その頃は網膜移植というのは、 遺伝子治療が始まる前で、非常に新しいものとして期待がされていました。
 当時のニューヨーク・タイムズにスティービー・ワンダーが出てきて「網膜移植が実用 化されたら、俺が最初に手術を受ける」というコメントまで出したくらいです。留学から 帰国して、シンポジウムなどに呼んでいただくと「実際の臨床応用はどうですか?」とよ く聞かれました。その時私はいつも「10年あれば大丈夫だと思います」と言いましたが、 それからもう10年以上が過ぎてしまいました。
 ですが今日お話したように、いろいろなアイディアや考えが出てきて研究は進んでいま す。いつも「10年たてば何とかなるだろう」という希望は持って、研究を進めていきた いと考えています。本当にまとまりのない話で申し訳ございませんでしたが、長時間のご 静聴ありがとうございました。

○司会 山本先生ありがとうございました。11時半まであと5分程度ですが、ここで質 問を受け付けたいと思います。どなたかご質問のある方は、挙手でお願いします。いらっ しゃいますか? 所属支部とお名前をお願いします。
○男 岡山から来ました井上といいます。先程のお話で、岡山大学の松尾先生のお話が出 なかったんですけど、人工網膜の関係でかなりのところまでいっているというお話を本人 から直接お聞きしたんですが、これはどうなっていますか?
○山本 すいません。岡山大学のお仕事に関しては、十分なフォローはしておりません。
○司会 他にどなたかいらっしゃいますか?
○男 埼玉の田村です。どうもありがとうございます。先程山本先生のお話の中に、眼の 悪い我々の病気は、網膜と脳の方との関係もあるというのを、確かどこか他の講演の時に 聞いたことがあるんですが、現在眼科の先生方と俗にいう脳外科医の先生方の関連性みた いなものは、どういう状況にあるのか、差し支えのない範囲で状況などをお聞かせいただ ければと思います。
○山本 網膜色素変性症と脳の関係ということですか? 多分私の説明が悪かったのだと 思いますが、網膜色素変性症と脳は直接なんの関係もありません。今つながりとお話した のは、物が見える過程で網膜で受けた信号が処理されて、そして脳の方へ視神経を介して 信号が送られるというお話をしたつもりだったので、誤解のないように。網膜変性で脳は 全く影響を受けておりません。逆に網膜色素変性症の治療が期待できるのは、網膜の視細 胞という入り口の細胞だけがやられるが、そこから先はずっと脳にいたるまでの視覚情報 に重要な部分が、全く正常なまま残っています。これが逆に治療が可能な、期待できる理 由だと思います。
○男 山陰の安部です。非常に興味があり、分かりやすく、お話いただきましてありがと うございました。CNTFのネズミの実験で、RPの進行は遅れたんだけども、ERGの 値が悪くなっていたというお話だったんですが、私は20年くらい前に併発した白内障を 手術して、その時、ERGはフラットな状態だから手術をしてもほとんど見えないだろう と言われました。ところが、私はこうして現在も見えています。ドクターの方もびっくり されたわけですけど、ERGを測定する器械は20年前と現在では、進歩して高性能にな っているのかどうかその辺りの問題と、ERGが悪くなることと網膜変性の関係がどうい う状況なのかお聞かせいただければと思います。
○山本 ERGは、網膜に何百万個もある視細胞の反応、その全体の反応を見ているわけ です。ところが真ん中の黄斑だけが生き残っていれば、視力は保たれます。ERGという のは広い範囲の反応を全部まとめて見ていますので、他の部分がずっとやられていて中心 視野が5度だけ残っていたとしてもERGの反応は出なくなります。そこで最近は局所E RGといって、黄斑周囲の網膜がどれくらい働いているかというのが分かるような機械を 活用しています。特定疾患の申請の段階で、ERGは必ず1回はとっていただくようにし ていますが、定型の網膜色素変性症の場合では、かなり初期の段階でERGが消失してし まいます。局所ERGを使えば、実際に真ん中の部分がどのくらい見えているかというの を、患者さんの見え方に近い評価ができます。
○司会 ありがとうございました。お時間となりましたので、質疑応答はこれにて終わり にいたします。お話をまとめますと、いわゆる3層で構成されている網膜の外側の視細胞 が皆さん損なわれています。それを改善するための、研究とか臨床実験が行われていて、 視細胞が光刺激を電気信号に変える役割を果たしています。それを代わってもらえるいろ んな因子が、今発見されてきているということですね。
○山本 そうですね。それを人工物で置き換えるのか、遺伝子治療に関してはもちろん、 細胞そのものが傷むのを抑えようということです。
○司会 患者さんにとって希望の光は見えてきています、と考えてよろしいですか?
○山本 皆、一生懸命やっています。
○司会 山本先生、素晴らしい講演をどうもありがとうございました。


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