★講演「視覚障害と睡眠障害」
私は国府台病院の精神科で10年ほど勤めております。普段は普通の精神科の医者とし
てやっておりますけれども、専門の一つとして睡眠障害ということをやっておりますので、
今日はそのお話させていただきます。他に二人国府台病院から来ておりますので、紹介さ
せていただきます。お一方は国府台病院の眼科医長の山崎先生でございます。もう一人は
国府台病院の精神科、現在は児童精神科の方にいっておられます岩垂先生でございます。
それでは早速お話をはじめたいと思います。最初に睡眠ということについて基礎的なこ
とをお話して、その後に生体リズムということについてお話して、最後に視覚障害と睡眠
障害ということで昨年度やらせていただいたアンケート調査の結果の一部を含めてお話を
進めさせていただきます。ちょっと分かりにくいところもあるかと思いますので、途中で
も結構ですから、言っていただければ、その時点でお答えしたいと思いますので、よろし
くお願いします。
最初は睡眠の基礎知識ということでお話します。最初はクイズ形式です。睡眠というこ
とを考えるときに、睡眠は本当に必要であろうか、睡眠を取らないでいるとどうなるか、
睡眠が本当に必要でなければ睡眠を取らないでも大丈夫ではないか、という疑問が生じて
きます。マウスを眠らせないでいるとどうなるか。クイズです。食欲が低下する。体重が
減少する。発熱する。このうちどれかという質問です。答は「体重が減少する」です。眠
らせないでいると、マウスは食欲がどんどん旺盛になるのです。けれども体重はどんどん
減っていきます。発熱とは反対に体温が低下するという状態になります。睡眠を取らない
でいると身体の代謝がうまくいかなくなって、かなり消耗するということが分かります。
眠らせないでいると免疫力も低下しますので、感染症にかかりやすくなる、病気になりや
すくなる、ということが動物の実験で分かってきております。
次に人間は眠らないとどうなるかということです。人間が眠らないでいた世界記録はど
のくらいでしょうか、というクイズです。約5日間。約10日間。約20日間。答は約1
0日間、11日くらいです。これは1960年代にやられた実験です。みんなの前で、テ
レビカメラに撮られて、脳波を取られながら、絶対に眠らせないようにしたという実験で
す。その人はどうなったかといいますと、まず眠気はもちろん出現します。日にちが経つ
につれて、集中力や思考力が下がってきます。だんだんと気分が不安定、情動が不安定に
なります。最後の方になると、幻覚や幻聴が現われ、非常に疑い深くなって、みんなが自
分を罠に嵌めているのではないかといった被害妄想が出てきます。脳波の所見を見ますと、
最後の方では、本人は眼を開けて眠らないようにしているのですが、ほんの5秒とか10
秒といったごく短い睡眠が何回も何回も出るようになります。これを専門用語でマイクロ
スリープといいますが、このようなごく短時間の自分でも分からないような睡眠が出はじ
めます。ということを考えますと、睡眠は本当に必要なのであろうと思われますし、睡眠
は脳機能それから精神機能の疲労回復につながるというふうに言われております。あるい
は先ほどマウスの実験からも見たように、免疫機能を維持する、免疫機能を強化するとい
う役割も持っております。さらに、寝ている間に記憶を脳に貯めるということもあるよう
です。睡眠学習という寝ているときに何かを聞くと記憶に残るということが昔言われまし
たけれども、寝ている間に何かを聞けば頭に入るというものではありませんが、睡眠中に
前の日に勉強したことが頭に記憶されるということはあるようです。ですから、テスト勉
強のときに徹夜でやるよりは寝たほうが能率がいいということになります。
そういう睡眠ですけれども、実は睡眠というのは、発見されたものと言えます。もとも
と睡眠というのは無駄なものである、死んでいるのと一緒だ、というふうに捉えられてい
ました。睡眠が無駄なものではないと分かってきたのは、大体100年くらい前からのこ
とです。その当時から睡眠を起こす中枢がある、あるいは覚醒を維持する脳の中枢がある
と、いうことが発見されてきました。その当時流行っていた嗜眠性脳炎という、眠り続け
て死に至ってしまうという感染症がありました。そういう患者の脳を調べてみると、視床
下部周辺に病変があるということが分かってから、この辺りが睡眠あるいは覚醒に関係す
る中枢なのではないかと、というふうなことが発見されました。つまり、睡眠というのは
ただ単に疲れて覚醒が下がったというものではなくて、必要なので眠らせるための脳があ
る、ということが分かってきました。
そして50年くらい前にレム睡眠という第三の睡眠が発見されました。レム睡眠という
言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、夢を見ている睡眠です。それが発見されたこ
とによって、脳の中に夢を見させる機構があって、これもかなり意味があることではない
かということが分かってきました。レム睡眠というのは、Rapid Eye Movement Sleep
の頭文字を取ったものです。急速眼球運動が起こる睡眠ということです。眠っているとき
に脳波と眼を見ておりますと、ある一定の時間になると眼がギョロギョロと動くようにな
って、そのときの脳波を見ていると、比較的起きているときに近い脳活動をしている、そ
ういう脳波が見られます。そのときは筋肉は弛緩して動かなくなっている、というふうな
ことが分かりました。そういう睡眠をレム睡眠と呼ぶわけですけれども、そのときに眠っ
ている人を起こしますと、かなりの割合で夢を見ているということが分かりました。
そこでレム睡眠は夢を見ているような睡眠だということが分かったわけです。レム睡眠中
は筋肉が動かなくなっている機構になっておりますので、夢を見ていてなおかつ身体が動
かない、金縛りのような状態になります。皆さんも経験があるかもしれませんが、非常に
怖いあるいはありありとした夢の体験をしているのだけれども、身体が動かない。これは
レム睡眠で身体が動かなくなっているためになる現象です。
筋肉が動かないような機構になっているわけですけれども、なかには筋肉が動いてしま
うという睡眠障害もあります。そうしますと夢を見ていて身体が動いてしまうので、夢の
中で泥棒が自分に襲い掛かってきたら、それと闘ってしまって、隣に寝ている奥さんを叩
いてしまう、というよう異常行動をおこしてしまいます。これはRBDという睡眠障害で
す。隣に寝ている奥さんはびっくりしてしまって、うちの旦那は気が狂ったのではないか
ということになるのですが、レム睡眠に関係したそういう特殊な睡眠障害もあります。
レム睡眠というのは人間だけにあるものではありません。猫にもいろんな動物にもあり
ます。これは猫の漫画ですけれども、猫のレム睡眠では一番右の絵のグタッとした状態に
なります。筋肉が弛緩して動かない状態になっておりますので、ぐったりしているような
寝かたになります。真ん中のようにある程度ちゃんと座っていられるような睡眠は、筋活
動がある程度保たれておりますので、こんな寝かたになります。
人の睡眠がどのように経過するかを示したのがこのグラフです。人間は、猫でもそうな
のですが、たいてい寝てすぐに深い睡眠になります。1時間から1時間半くらい経つと、
短いレム睡眠が現われます。その次にまた深い睡眠があり、90分くらい経ったところで
またレム睡眠が出る、そういうサイクルを繰り返しております。深い睡眠は明け方になる
につれてだんだん浅くなっていきます。レム睡眠は明け方になるにつれてだんだんと増え
てきます。夢が明け方の方に多いということが裏付けられております。
これは歳を取るにつれて睡眠がどのように変化するかを示したグラフです。歳を取ると
睡眠時間が短くなります。ノンレム睡眠、レム睡眠以外の睡眠はだんだん短くなります。
途中で眼が覚めたりとか、朝早く起きたりといった、生理的な変化が誰にでも現われてき
ます。40歳、50歳くらいからこういう変化が現われますので、若いときのように深く
は眠れなくなり、睡眠時間が短くなり中途覚醒が多くなります。早寝早起きになり、日中
の眠気が増えるという変化がおこります。我々のところにもご高齢の方が若いときのよう
にぐっすり眠れないのだけれど、どうにかしてくれと言ってこられることがありますけれ
ども、それは年齢のせいですから仕方ありませんと言って我慢していただくということも
あります。
これもよく訊かれることですが、最も良い睡眠時間は何時間くらいでしょうか。7時間。
8時間。9時間。特にない。何時間というのは特にありませんというのが答です。最適の
睡眠時間はその人個人個人によってだいぶ差があります。短時間睡眠者というのは毎日4
時間未満でも昼間へっちゃらだという人です。代表選手はナポレオンです。長時間睡眠者
というのは毎日10時間以上眠らないと寝不足でしょうがないという人で、代表選手はア
インシュタインです。かなり人によって差がありますので、昼間に寝不足で眠くなければ、
その人にとってまあまあ良い睡眠時間を取っているということで、あまりこだわらなくて
良いと思います。ただ、短すぎあるいは長すぎはやはり良くないので、3時間未満の人あ
るいは12時間以上眠っている人は、疫学的な調査から死亡率が高いという結果も出てお
ります。ほどほどが良い、あまり極端なのは良くないということかと思います。
さて、睡眠に問題のある人は日本にはどのくらいいるでしょうか。3人に一人くらい。
5人に一人くらい。10人に一人くらい。20人に一人くらい。これは5人に一人くらい
と言われております。これは昔我々がやった調査ですけれども、睡眠で十分休息が取れて
いないという人は大体23%くらいです。寝つきが悪いという人は17%、途中で眼が覚
めて困るという人は15%程度、早く眼が覚めてしまうという人は10%弱、昼間眠気が
強いという、これは主に若い人が多かったのですが15%くらい、全体として何らかの睡
眠の問題を抱えている人は20から25%の間くらいということで、かなりの人が睡眠の
問題で困っているという結果が出ております。これは日本だけではなくてアメリカやヨー
ロッパでも大体同じような比率で眠れない人がいるということが世界的な調査で分かって
おります。
眠れないのは何故困るかと言うことですけれども、眠れないあるいは寝不足だと昼間眠
気が出る、注意力が低下する、集中力が低下するということがみられるようになって、働
いてときに事故が起きてしまうということがあるので、社会的にも非常に困ります。一時
期から社会的に問題とされてきたものに、睡眠時無呼吸症候群があります。寝ているとき
に呼吸が止まってしまいますと、夜間に質の良い睡眠が取れないので、その結果として昼
間眠くて、電車の事故が起きてしまったりします。
今日は睡眠障害の詳しいお話はしないのですけれども、不眠イコール不眠症ではないと
いうことを頭の隅に置いておいてください。不眠があってもすぐ不眠症ではありません。
一つはまず身体の病気による不眠があります。身体が痛かったり、アトピーなどで痒かっ
たり、あるいは慢性呼吸不全で苦しくて眠れないと言うこともあります。精神疾患による
不眠もあります。うつ病では8割以上、ほとんどの人が眠れなくなります。あるいは飲ん
でいるお薬によって出る不眠もあります。そういう場合には睡眠薬を飲んでも良くなりま
せんので、元もとの身体疾患、精神疾患、あるいはお薬によるものであればお薬を止める
とか、そういう工夫が必要になります。そういうものでなくて不眠を呈する疾患としては、
代表的なものとして睡眠時無呼吸症候群があります。それから、これはあまり聞いたこと
がないかもしれませんが、むずむず脚症候群といって、医者の仲間でも知らない人が多く
見逃されていることが多いのですが、そういう睡眠障害があります。貧血とか腎臓が悪い
とかいろんな病気によって、眠るときに足がむずむずしたり、ピクンと動いたり、下肢の
ふくらはぎなどに違和感があって寝つけないといった疾患です。そういう特殊な睡眠障害
でないもの、最後に残ったものが不眠症ということになりますので、不眠が出てすぐ不眠
症だから睡眠薬を飲みましょうということにはつながりません。
次に生体リズムについての基礎知識ということにお話を移したいと思います。睡眠の制
御機構ということを考えますと、睡眠は二つの機構によって制御されていることが分かっ
ております。一つは徹夜をすると眠くなるという当然の機構です。起きていると身体の中
に睡眠物質あるいは疲労物質というものがだんだん溜まっていって、長く起きているとそ
ういう物質が多くなって眠くなる機構です。もう一つは良く寝てもある時刻になると眠く
なるということがあります。こちらは生体のリズムによって眠くなる機構です。この二つ
によって睡眠は制御されています。
これは簡単な模式図です。生体時計、身体の時計というのが大脳の視交叉上核というと
ころにあることが分かっております。この生体時計によって、睡眠覚醒のリズムあるいは
体温のリズム、内分泌のリズム、ホルモンのリズム、血圧のリズムなどのさまざまなリズ
ムが発振されているということが分かっております。いまのは大体一日のリズムでしたが、
リズムにはさまざまなリズムがありまして、年周リズム、季節リズムがあります。誰でも
冬になると睡眠が長くなって夏になると短くなります。あるいは冬場だとあまり気分が良
くなくて夏場の方が良いという年のリズムがあります。それから月のリズムの代表的なも
のとして月経周期があります。概日リズム、おおよそ一日のリズムとしては、先ほど言っ
た睡眠覚醒のリズム、体温のリズム、血圧のリズムがあります。一日のリズムよりもっと
短いものをウルトラディアンリズムと呼んでおりますが、眠気のリズム、これは夜眠るこ
ろあるいはお昼ご飯を食べた後に眠くなる二峰性のリズムもあります。もっと早いもので
は呼吸、心拍などのリズムもあります。たぶん年のリズムよりももっと長いリズムもある
と思います。その辺は人間ではよく分かっていないかも知れませんが、17年ぜみ律とい
って17年に一度の周期で生まれるセミがいます。こうしてみると、かなりいろんなリズ
ムがあることが分かります。
睡眠は生体リズムと密接な関係があって、リズムによって支配されているといえます。
その関係を見た図がこれです。体温のリズムというのはだいたい午後の12時を過ぎて2
時から3時くらいに一番高くなって明け方くらいに一番低くなるという一日のリズムを刻
んでおります。下の方に書いてあるのはメラトニンのリズムです。メラトニンというのは
頭の松果体というところから出ているホルモンで夜だけ出ます。夜の8時、9時くらいか
ら出始めて、朝の7時くらいには分泌が終わります。つまり身体に夜だということを知ら
せているホルモンです。体温とメラトニンの変化を書いた図がこれですが、我々はだいた
い四角で囲った時間帯に寝ております。つまりメラトニンが身体に夜だというサインを送
ったころから体温のリズムがグーッと下がってきて眠ります。メラトニンが朝に出なくな
るころから身体のリズムがグーッと上がってきて起きる、という関係で寝たり起きたりし
ます。体温のリズムを下げるときに抹消の血管を開いて熱を逃しますので、赤ちゃんの手
足がポーッと温かくなると眠たいのだなと分かるのは正にそういうことで、体温が下がり
始めているときに眠くなるということを裏付けています。
このような生体リズムですが、昼間明るくて夜くらいから刻んでいるということではあ
りません。この図の真ん中の線が体温のリズムですが、昼間高くて夜低くなっています。
これを真っ暗な室内で眠らせないで横になった状態で測ってみても体温はリズムを刻んで
おります。外の環境だけでリズムができているわけではなくて、自分の身体に内因性とい
いますか、自分で自律的に刻んでいるリズムがあるということが分かります。
この図は同じことを示しているのですが、白いバーが眠っているところを表しています。
上の段が普通に夜寝て昼間起きる生活です。そのあと真っ暗な環境の中に入れますと、も
し身体のリズムが外の環境に支配されているのであれば、睡眠のリズムはばらばらになる
はずですが、これを見てもお分かりのようにリズムを刻みながら毎日毎日遅れていくとい
う現象が見られます。つまり我々が刻んでいる身体のリズムはぴったり24時間ではなく
て、24.5時間とか25時間弱であるということが分かってきております。我々が洞窟
内でいるのと違って毎日遅れないで生活できているというのは、毎日リズムを整えている、
毎日リズムを同調させていることによります。同調させる因子として、光、運動あるいは
朝ご飯、それから生活慣習、例えば朝起きて学校に行くとか、職場に行くとか、あるいは
人に会うといったさまざまな同調因子で毎日リズムを整えながら、一日のリズムに合わせ
ながら生活しております。こういうものを同調因子といいますが、さまざまな同調因子に
よって大脳にある生体時計を毎日リセットしながら、睡眠あるいは体温の一日のリズムを
整えながら一日一日を暮らしているわけです。
同調因子の中で一番強いのは光だと言われております。つまり毎朝光を浴びることによ
ってリズムをリセットしながら毎日遅れないように生活するということを我々は知らず知
らずのうちに行っているのです。その光をいろんな時間帯に当ててみて身体のリズムがど
う変化するかを調べた結果がこの図です。朝方に強い光をたくさん浴びますと身体のリズ
ムは早まります。逆に夕方から夜に強い光を浴びますと身体のリズムは遅れます。つまり
リセットするということは、朝に遅れようとする身体のリズムを前進させる、早めるとい
うことです。このリズムがうまくいかなくなる病気もあります。概日リズム睡眠障害とい
う特別な睡眠障害があります。この病気では外のリズムと自分の身体のリズムが一致しま
せん。そういうことによって睡眠と覚醒のリズムが乱れて、起きたい時刻に起きられず、
寝たい時刻に眠れないことになります。この病気の特徴はがんばってもなかなか治せない
ことです。環境によってこういうリズムの乱れが起きるのを外因性といいます。代表的な
のは時差症候群です。アメリカなどに日本からポンと飛んで行きますと、アメリカでは昼
間なのに自分の身体のリズムは夜だということになり、すぐには合わせられませんから、
昼間なのに非常に眠くて夜はばっちりと眼が覚めてしまいます。こういう外因性のリズム
障害があります。あとは交代勤務、看護師さんですとか、夜勤ですとかでリズム障害が起
こってくることがあります。こういう外の原因がないにもかかわらずリズム障害が起きて
くるのを内因性のリズム障害といいます。その中には睡眠相後退症候群、睡眠相前進症候
群、非24時間睡眠覚醒症候群、不規則型睡眠覚醒パターンといった病気があります。睡
眠相後退症候群というのは、これも白いバーで示しているのが睡眠のところですが、明け
方にならないと眠れなくてお昼過ぎにならないと起きられない、睡眠が遅れてしまう病気
です。学生さんなどは夏休みになりやすい生活パターンですが、普通であれば休み明けに
は戻せるのですが、この病気の人ですと自分がいくら努力してもなかなか戻せないという
特徴があります。
これは逆に睡眠相前進症候群という病気で午後8時くらいから眠くて寝てしまい午前3
時くらいに眼が覚めてしまいます。睡眠相後退症候群と逆です。ご老人は大体こういうパ
ターンになります。これは非24時間睡眠覚醒症候群という病気で、毎日毎日睡眠覚醒の
時間が遅れていきます。今日は12時に眠れたのが明日は1時、明後日は2時というふう
に毎日1時間か2時間遅れていってしまいます。まったく不規則になってしまうというパ
ターンもあります。これはごく特殊な場合で脳出血とかで脳の体内時計そのものがダメー
ジを受けたときなどに起こります。普通では余りありません。いま見た非24時間睡眠覚
醒症候群というのは、洞窟の条件と非常に似ているということが分かります。つまり、概
日リズム睡眠障害の原因として、いくつも仮説はありますけれども、非24時間睡眠覚醒
症候群という病気は完全な失明者に多いという報告があります。こういう病気の人を良く
調べてみますと、睡眠時間が長いという特徴があります。洞窟条件と似たパターンを示す
ことから、特に朝にリセットする朝方の光が入らないために身体のリセットができないこ
とが原因でこの病気になるということが考えられております。
ここから視覚障害と睡眠障害のお話になります。常々私どもが考えていたのは、視覚障
害の方ではこのようなリズム障害が多いのではないかということです。視覚障害が重症化
すると睡眠障害も多くあるいはひどくなるのではないか、ということを考えておりました。
それで昨年実施した健康調査のようなことをやりたいと思っていました。先ほどもご紹介
がありましたが、日本網膜色素変性症協会の会報を印刷物の形で受け取っておられる会員
の方、2790人にアンケート調査用紙をお送りしました。測定の項目としましては、P
SQI質問紙、これは睡眠の状態を調べるピッツバーグ睡眠調査票という世界中どこでも
使われている睡眠に関する質問状です。それからPSQIの質問紙には概日リズム睡眠障
害に関する質問がほとんどありませんので、今回はリズム障害に関する質問を加えました。
それと視野、視力、身体障害者の等級によって重症度を見ようということで調査いたしま
した。
結果といたしましては、全部で758名の方からご回答をいただきました。そのあとま
だぽつんぽつんといただいておりますけれども、一応この解析が終わった時点では758
名の方に回答をいただきまして、そのうち有効回答は730名でした。それで重症度をど
のように分類すればよいかということで、国府台病院の眼科の山崎先生にいろいろ教えて
いただきまして、今回は視野による重症度の分類を採用して次のように分けてみました。
最重症というのは視野がほとんど測れないあるいは周辺に一部感じるところがあるという
方、重症というのは視野が中心部のごく狭い範囲にだけ残っている方、中心狭窄の方と定
義しました。それから中等症として視野の全体の広さは正常だけれども見にくいところが
ある暗状輪点の方、軽症は視野がほとんど正常という方、と便宜的に視野の広さによって
分けてみました。そして解析してみました。
これは対象となった分類の数ですが、軽症は39名、中等症は164名、重症は437
名、最重症は90名でした。男女差はほとんど同数で差がありません。対照として、以前
に市川市で無作為に選んだ一般住民の方に先ほどのPSQI質問紙の調査をしたことがあ
りますので、その結果を対照といたしまして比べることにいたしました。軽症の方は数が
少ないので、今回の解析からはずしました。中等症、重症、最重症と年齢層が違い、重症
度が上がるにつれて年齢も上がりますので、年齢別に分けて対照と比べるということをし
ました。
まずこの図は入眠困難です。週3回以上寝つきが悪いと訴える方を各年代で比べており
ます。一番左が対照で、右に行くにつれて重症度が高くなります。これをご覧になってお
分かりのように、重症度が高くなるにつれて寝つきが悪くなる人がこんなに多くなります。
普通であれば10%前後なのが30%とか40%の人が寝つきが悪いと感じていることが
分かります。
これは中途早朝覚醒、これも週のうち3回以上途中で起きてしまうあるいは朝早く起き
てしまうという方の図です。同じように重症度が上がるにつれて睡眠障害の割合が上がっ
ていることが分かります。
不眠症というのは、いま上げた寝つきが悪いのが週3回以上あるいは中途あるいは朝早
く起きてしまうのが週3回以上あると言うのを不眠症と定義いたしました。最重症の方で
は50%を超える、かなりの方が不眠症の問題を抱えていることが分かりました。
これは熟眠障害です。質問の中で眠りが非常に悪いあるいは悪いと答えた方です。これ
も網膜色素変性症の方では対照の方に比べて熟眠障害が多いと言えます。昼間の眠気が強
いのを過眠症といいますが、過眠症自体は40歳未満の方では多いようです。昼間の眠気
を感じるということでは大きな変化はありませんでした。
これはリズム障害についての質問結果です。起床困難、昼夜逆転、フリーラン、(フリ
ーランというのは非24時間睡眠覚醒障害のように毎日毎日睡眠時間がずれていってしま
う状態です)、あるいは不規則になってしまうという人が0.2%から0.5%くらいい
るという回答を得ております。一般住民がリズム障害にかかっている割合は0.01から
0.02%くらいで、高校生で0.2%くらいですから、0.2%から0.5%というの
は数にしては少ないと思われるかもしれませんが、普通の有病率に比べれば10倍くらい
高い確率でリズム障害が出ているということが分かりました。
結果をまとめますと、網膜色素変性症では不眠がかなりの高率で認められました。重症
の人ほど不眠の頻度が高い傾向にあります。概日リズム睡眠障害もかなり高い確率で認め
られました。こういうことが今回の結果から分かりました。ではその原因は何かというと、
我々も当初から考えていたことですが、眼からの光の情報が減少しているというのがある
と思います。光情報が減少しているために身体のリズムのメリハリが少なくなっているた
めに良く眠れないあるいは朝方の生体リズムのリセットがうまくいかなくなってリズム障
害になるということが考えられます。
これは先ほども出した図です。よく見てもらうとわかるのですが、昼明るく夜暗くなる
という生活から真っ暗闇の中に入って生活すると、体温のリズムの振幅、大きさが減って
きます。つまり身体のリズムがそれだけメリハリが減って平坦化していきます。メリハリ
がなくなっているので夜の睡眠がそれだけ悪くなると考えられます。これも先ほどお示し
しましたが、朝の光情報がうまく入らないので、リセットがうまくいかない、そのために
リズム障害のような状態が多くなると考えております。
そういうふうに考えておりますけれども、眼の疾患の方すべてがリズム障害になるわけ
ではありません。これは模式図ですが、光が眼の網膜に入って視覚野というものを見る部
分に向かっている神経と生体リズムの中枢に向かっている神経経路は別なものだと言われ
ております。つまり、生体時計の方に行っている神経系が大丈夫であれば、ものが見えな
いということだけでは、リズム障害にはなりにくいと言えます。もう一つは体内リズムに
向かっている神経路が眼のどういうところから情報を受けているかがいまひとつはっきり
していません。例えば網膜色素変性症で必ず体内時計の方に行っている神経系に情報が伝
わらないかどうか、いまのところはっきりしませんので、その辺は今後の課題かと考えて
おります。
最後になりますが、不眠あるいはリズム障害が多いのですけれども、どういうふうに気
をつけたら少しでもよくできるかという対処法をお示しします。眠くなったらベッドに行
くというのが基本かと思います。眠れない人が眠れないので今日は早くから寝ようと7時
でも8時でも布団の中に入ってしまう人がいますが、誰しもそんなに早くからは眠れませ
んので、眠ろうとする意気込みが頭を冴えさせてかえって寝つきを悪くしてしまいます。
あまり寝る時間にはこだわりすぎない方が良いと思います。眠れるかなと思ったときにお
布団に行くということで良いと思います。7時くらいにまったく眠くならないという時間
帯も人間にはありますので、その時間に横になっていても誰でも眠れません。眠る時刻よ
りはむしろ起きる時刻を気にしてほしいと思います。朝起きる時刻がその日の夜寝る時刻
を決めているということもありますので、毎日一定の時刻に起きることが大事かと思いま
す。早起きすることが早寝につながります。逆に遅く起きるとリズムが遅れる原因になり
ますので、遅く寝ても起きる時刻は一定という方が良いと思います。寝酒をする方もいる
のですが、寝るためのお酒というのは良くありません。楽しみの晩酌は良いのですが、ア
ルコールは深い睡眠を減らすあるいは中途覚醒を多くする作用がありますし、お酒は明け
方のレム睡眠を増やしてしまうので変な夢が多くなります。毎日毎日たくさん飲んでいれ
ばアル中になります。寝酒は良くないということです。それとお昼寝ですが、お昼寝する
のであれば、3時前くらいがよろしい。夕方にお昼寝をすると夜寝つきが悪くなります。
あまり長く寝ますと起きるときにボーっとしてしまいますので、30分ぐらいが良いとこ
ろです。30分くらい眠たいときにお昼寝すると、そのあとリフレッシュできます。お風
呂は寝る時刻の2時間くらい前にぬるめのお湯に入るのがいいようです。寝る前に体温が
ズーっと下がってきますので、2時間前くらいに入るのが寝つきを良くします。寝る4時
間くらい前からはお茶とかコーヒーはとらない。昼間あるいは夕方に適度な運動をすると
寝つきが良くなります。あとは眠るときに自分なりのリラックス法を取り入れることです。
以上のような工夫をしていただければと思います。
以上で今日のお話を終わりたいと思います。最後の方に昨年度やらせてもらいました調
査の結果の一部をお示ししましたけれども、本研究にご協力いただいた日本網膜色素変性
症協会の関係者の方々あるいはアンケートにお答えいただいた会員の皆さまに深謝いたし
ます。ご清聴ありがとうございました。
Q:視覚障害1級の者です。今日は睡眠障害のお話をありがとうございました。夢障害に
悩まされているものですから、お尋ねします。私は夜中の12時か1時ごろによく夢で起
こされます。最初は家族とか友達とかと一緒に行動しているのに、最終的には独りぼっち
になってしまって、にっちもさっちも行かない状態でどうしようもなくなって、そこで眼
が覚めるのですが、そのあとの落ち込みがひどいのです。睡眠障害はありませんが、網膜
色素変性症になってから夢障害というか、似たような夢ばかり見るのです。潜在的な精神
的な不安が原因しているのではないかと思うのですが、精神科の医師のお立場からどう思
われますか。
A:夢の内容については私も良くわかりませんが、同じような内容の夢を見るということ
は一般の方でも良くあることのようです。怖い夢とか、不安な夢、いわゆる悪い夢のほう
が8割ぐらいと圧倒的に多いです。楽しい夢のほうがずっと少ないといわれております。
夢の内容としては一般の方とあまり違っていないのではないでしょうか。
逆に質問ですが、網膜色素変性症になって、あるいは病気が進行するにつれて、そうい
う夢を見る傾向が増えてきているでしょうか。
Q:(録音状態が悪く、聞き取り不能)
A:いまのお話はたいへん参考になりました。ありがとうございました。
Q:調査をされたときに、職業とか、日中どのように過ごしているかなど、生活要素的な
ことを調査されたのでしょうか。
A:調査しておりません。
Q:私も網膜色素変性症なのですが、思春期にかなり見えにくくなって、今では見えない
のが当たり前という心境にいます。考えますに、視覚障害による光刺激の減少が睡眠障害
の原因かもしれませんが、それ以外の生活因子、例えば視覚障害が原因で職業から引退を
するとか、家庭生活でも家族の人がやることが多くなって朝起きて必ずやらないといけな
いことが減ったり、外出なども少なくなって運動不足にもなる。そういう生活因子という
か、社会的な原因から睡眠障害になることも多いのではないかと想像するのですか、いか
がでしょうか。
A:おっしゃるとおりだと思います。そういう因子もかなり強いと思います。進行性の病
気から来る不安という精神的な要素もあると思っております。
Q:網膜色素変性症以外の眼病との比較はやられているのでしょうか。
A:いまのところはやっておりません。先天的な視覚障害の方と後天的な方との比較も今
までにまだやられておりません。
(以下録音状態が悪く、聞き取り不能)
A:どうもありがとうございます。今回のことから分かったかもしれませんが、睡眠障害
がこれだけ多いというのが、この病気を診ていらっしゃる眼科の先生や皆さんに理解いた
だいたり、問題を認識して共有していただくことは、良いことかと思っております。
Q:一問一答でお願いします。題目では「視覚障害と睡眠障害」となっていますが、「網
膜色素変性症と睡眠障害」と受け取ってよろしいでしょうか。
A:それで結構です。
Q:睡眠障害を視野の重症度によって分類されていますが、視野だけで視力とは関係がな
いとお考えでしょうか。
A:いいえ。視力との関係についても解析をする必要がありますが、今回はまだそこまで
手が回っておりません。私がまず考えたのは、視野で網膜が光を受ける面積がそれだけ少
なくなると、それだけ睡眠障害につながりやすくなるのではないかということです。
Q:若いアンケート回答者は少なかったのでしょうか。
A:そのとおりです。割合として40歳未満の方は少なかったです。