あぁるぴぃ千葉県支部だより53号


■投稿■

★熊本旅行記(第3回)

市原市 石川 隆
◇第17回全国盲ろう者大会3日目 8月19日(日)
 8月17日(金)から4日間の日程で行われた第17回全国盲ろう者大会に参加するた め、熊本に行ってきました。
 全国盲ろう者大会の目的は、「全国の盲ろう者や、通訳・介助者などが集い、交流を深 める」ことです。宿泊しながらの交流がもっとも楽しみな大会でもあるといえます。
 7月末に腰を痛めてしまい、一週間歩くのがしんどい状態でしたが、お盆前になんとか 普通に歩けるまでに回復したので、熊本へ行くことにしました。しかし、熊本入りしてみ たものの、腰の状態があまり思わしくないので、3日目のボウリング交流会の参加をキャ ンセルしました。
 3日目の朝は6時に起床し、7時30分に朝食。朝の食事の時に、広島の盲ろうのOさ んが来てくれました。今年の盲ろう者指導者研修会で、Oさんから、「全国大会でボウリ ングしましょう」と誘われていたのですが、腰の状態が良くなかったので、ボウリング交 流会をキャンセルしたことを伝えました。
 8時30分にホテルを出発して、熊本学園大学の会場まで貸切バスで移動です。千葉の メンバー12人のうち5人は今日の朝、帰ります。残った7人は別のホテルにもう一泊す るので、荷物を持って貸切バスに乗りました。
 会場に着くまでに、午前はどの分科会に参加しようか迷いましたが、「交流の広場・ゲ ームで楽しもう」に参加しました。「交流の広場」は、千葉が横浜の全国大会のときに最 初につけたフレーズなんですよね。去年の大阪でも「交流の広場」のフレーズが使われて いました。横浜のときは、個人参加のゲームがメインでしたので、ゲームで当てたら景品 をあげていました。また、奈良県が担当した大阪では、4つのチームに分かれてゲームを 競うチーム戦でしたが、優勝したチームには景品がありました。
 熊本大会ではどんなゲームをやるのか楽しみにしていましたが、最初はクイズでした。 クイズの問題は良かったのですが、クイズの流れや回答方法などについて事前の説明がな かったので、クイズを途中で中断して説明がありました。また、クイズの正解が多かった 人になにか景品をあげるとか、もう少し工夫があってもよかったのではと思いました。
 クイズが終わって、次のゲームの準備が出来るまで、友の会コーナーがある部屋で休憩 していましたが、ゲームには参加しないで、ここにいることにしました。友の会コーナー がある部屋は、談話室にもなっているので、何組か盲ろう者の方がお話をしていました。 私は神奈川の盲ろう者の方とお話をし、その後、大阪のすまいるのKさんともお話をしま した。
 今年はホテルが2つにわかれてしまったので、他県の盲ろう者との交流は少なかったの ですが、1年ぶりに再会した人もいたけど、再会出来なかった人もいました。mixiで 知り合った人とはじめて会ったり、また、新しい出会いもあって、全国大会は楽しかった です。
 午後は全体会・閉会式がありました。全体会では、分科会の報告があり、最後に、熊本 から広島への引き継ぎが行われ、閉会式が終了しました。閉会式終了後、貸切バスで熊本 交通センターへ行きました。
 千葉のメンバーは熊本交通センターの近くのビジネスホテルにチェックインしました。 男性は私一人だけだったので、私だけシングルの部屋を取りました。
 夕食は、熊本市内の繁華街に出て食べることになりました。熊本ラーメン大図鑑の本を 参考に、元祖熊本ラーメン「こだいこ」というお店で、焼豚ラーメンを食べました。焼豚 がいっぱいで美味しかったです。ラーメンを食べた後、明日はどこへ行くか相談しました。 熊本城がいいという意見と、水前寺公園がいいという意見がありましたが、結局、熊本城 を観光することに決まりました。
 ビジネスホテルに戻って、みんなで飲み会をしました。女性陣はパワー全開で飲んでい ましたが、2時間後に解散しました。私は自分の部屋に戻り、シャワーを浴びて寝ました。 長い長い3日目が終わりました。


★アンニョンハセヨ! 私の初めての海外一人旅(第4回)

千葉市 佐々木 貞子
 「アンニョンハセヨ」とは、「こんにちは」という韓国語です。私は昨年9月4日から 4泊5日で韓国の首都ソウルに行ってきました。初めての海外旅行でしたが、ツアーとは いえ、サポートが約束されていない全盲の一人旅。私にとって小さな冒険旅行でした。
 一人旅で頼りになるのはとにかく自分です。出会った人たちと親しくお付き合いするの は当然ですが、周囲に流されず自分で選び、決めなければならないことに、いくつも出会 います。迷ったり立ち止まったりしているときに、肩を押されせかされることもあるでし ょう。旅の道中で得られる権利や支払うべき代償を正確に理解し、それに基づいて判断す ることは時として面倒なことでもあります。しかし、自分の代わりは誰もいませんし、し んどいこともやがて充実感や楽しみに変わっていくことも少なくありません。自分で手に 入れたものだからこそ、「私の旅」と言えるのです。これって人生観みたいですね。そう です。人生は旅、不思議な冒険旅行なのです。
 さて、第1回の記事でこのツアーを担当したA旅行会社の社員の態度に怒ったことを書 きましたが、心の片隅で「私も言いすぎたのかな。相手にお任せした方が良かったのかも」 とホテルに着くまでは少し弱気になっていました。ところが、ホテルの部屋で色々話を聞 いて、「お任せしなくて正解」と確信を得ました。だって同室のお二人も、A旅行会社の 不親切な対応や手配のミスに怒っていたのですもの。そして世界大会の会場に設けられた DPIジャパンのブースに立ち寄ったとき、実はもっとたくさんの苦情が出ていると分か り、「自分が変と感じることは、やはり多くの人にとっても理不尽なことなのだ」とあら ためて思いました。
 そんな話をしている時、ちょうどA旅行会社の担当者、かのいんぎん無礼君登場。ここ で会ったが百年目、変更点の払い戻しについてしっかり確認しました。
「わ、わかりました。」と言った後、彼は何を勘違いしたのか「〜で口座にお振込みいた だいて・・・」。
「振り込む?! でなくて、私たちは返金してもらう方でしょ!!」思わず叫んだ言葉は Tさんと同時、合唱となりました。少し怖かったかな。
「旅行って、少々のトラブルはやむを得ないけれど、あまりといえばあまりだわ」
「トラブルといっても質が違うと思います」
「これ、仕事をする姿勢の問題よね。少しは反省したのかしら」等と、彼が去った後もT さんやDPIジャパンの事務局の人たちと盛り上がりました。
 さて、71国・地域から2700名以上が集まり、日本からも300名が参加した「第 7回DPI(障害者インターナショナル)世界会議韓国大会」も三日目を迎えました。障 害は違っても、民族や言語は異なっていても、そして障害のある人もない人も、ここに集 った人々の思いは一つ。「障害者の公民権法」と言われる障害者権利条約の採択を祝い、 その理念を実質的なものとするため次の努力へと誓いを新たにしたのです。
 Tさんは私より一日はやく、今日帰国です。彼女に障害はなく、住む所も日々の暮らし も、私と共通点はありません。けれど価値観や考え方が似ていて仕事や家庭、色々なこと をたくさんお話しし、共感するところが多かったように思います。素敵な道連れ、大変お 世話になりました。
 「最近遠ざかっていたけれど、大阪の事務局を手伝おうと思うの」彼女はもうすぐ定年 だそうです。旧知の友人と再会し、会の活動が停滞していることを知りました。彼女はこ の旅で人生の次の一歩を見つけたようです。
 今日は同伴者はいません。これこそ一人旅の本領発揮、新しい経験ができそうです。ホ テルから会場、そして分科会への移動は、DPI事務局やたまたま出会った知り合いやボ ランティアに頼みました。
 二日続いた会場のお弁当にあきて、今日のお昼はレストランで巻き寿司とおそばのセッ トを美味しくいただきました。カリフォルニア・ロールのような手巻き寿司は具がさまざ までカラフル。小さな春巻きやキムチも添えられています。一緒に食事をしたのはDPI 事務局の3名、内2名は初対面の方。新しい出会いのおかげで、私が知りたかった権利擁 護に関する情報等が聴け、これもラッキーでした。
 午後は韓国の自動車会社のブースで、車いすのまま乗り込める乗用車の展示を見学しま した。通訳ボランティアを先ず探し、スタッフの説明を通訳していただき、試乗もさせて もらいました。
 「日本へ行ったこともありますよ」と話してくれた通訳者は若い男性。ちょっといい気 分。銀行員で、今日は休暇を取ってボランティアに加わったそうです。コンビニで飲み物 を買うサポートもしてもらいましたが、「どうぞ、どうぞ」と言ってお金を受け取ってく れません。ジュース、ご馳走様でした。
 さて、ホテルに戻りソウル最後の夕食は私一人。でも寂しくはありません。今までたく さんの人と出会い、色々話をして、おもしろい経験ができたのですもの。今夜は一人で気 兼ねなく、ゆっくり休みます。
 実は一人のときはこれをと考えていたこと、ホテルのルームサービスの初体験を企てて いるのです。すでにメニューはチェック済み、それと浴室に備えてあるシャンプーとリン スのボトルも確認したいのです。食事を運んでくるスタッフは日本語が通じないでしょう。 そこで日本語のわかるフロントに電話をかけて食事の注文と一緒に事情を説明しました。
 眼の見えない人のことを知らないのは万国共通。お互いの言葉が通じない場合、最初に こちらの意図を伝えておかなければスムーズにことは運びません。フロントに「眼が見え ないので、ボトルを手渡ししながらシャンプーとリンスの区別を教えてください」と、具 体的な方法も伝えました。
 食事を運んできたボーイさんは連絡が行き届いているようで、希望通りボトルの確認を してくれました。そして、サインを求められ、「アレ、サインのする場所を教えてもらわ なくちゃ」あわてて再度フロントに電話。「私の指をサインの場所に持っていくように話 してください」と言ってからボーイさんと電話を替わりました。
 やれやれ、なんとかサインも終了。でも、おもしろかった。1対1だと何かが起こった とき、水かけ論になりかねませんが、フロントという第三者を通せばこちらの意思を証明 する予防線にもなり得ます。
 「見えないと頭も使うなあ」と思いながら、白ワインを口に含んでシーフードパスタを一 口。まあ、良いお味! 明日はいよいよ日本へ戻ります。


★前川裕美さん(兵庫県支部会員)のコンサートを聴いて

市原市 広瀬 富美子
 1月28日(月)に市原市市民会館小ホールにおいて前川さんのコンサートがありまし た。このコンサートがあることは、小出さんから情報をいただく前に、町内の回覧板で知 りました。市原市在住のお友達数人と連絡を取り合い、会場近くのファミレスで食事をし て、講演とピアノの弾き語りを聴いてきました。
 「人権問題多文化共生講演会(障がい者の人権を考える)」という堅苦しい講演名でし たが、盲導犬グレースと登場された前川さんは、とても美しく、若さで舞台が輝いていま した。網膜色素変性症という病気を皆さんに知ってもらうため、分かりやすく説明されて いた姿に、私は自分の思いを代弁してくださっているように感じ、感激しました。特に、 ディズニーメドレーを演奏し、ご自分の思いを歌っていたときは、思わず涙があふれハン カチで目頭を拭いていました。
 また、帰りに、前川さんと、お母様に握手させていただいたとき、Aさんは「私たちの ことを代弁してくださりありがとう! がんばってください!」とおっしゃっていました が、私は思いがこみ上げ、何かお話したら泣き出しそうになり、言葉が詰まって何も言え ませんでした。
 前川さんの講演を聞いて、一番感じたことは、自分の見え方をいくら説明してもなかな か分かってもらえないとあきらめていましたが、少しずつ理解してもらうよう、声に出し て努力しなければいけないと教えられました。
 一緒に参加したお友達から、下記、感想のメールをいただきました。なお、お二人には 掲載の了解をいただいています。
●Nさんから
 傷病名は違っても同じ視覚障害者。私も先天性で子供の頃から色々な事がありました。 やはりいじめ・・。学校へ行って先生や友達と話をする事もできなくなり、通知票にはい つも、いつも「無口です」ばかり。学校生活が終わったと思ったら、15歳で全く知らな いお家に連れて行かれ、今の仕事の修行。学校等など・・。今思い出しても「悔しいっー !!」って、母親を「鬼」って思ったときも・・。でも、自分が子供を持って「あ〜悪い ことをしたなぁー、障害を持った子を独り立ちさせるには、心を鬼にしなければ・・」今、 幸せに暮らせているのは父母のおかげ、感謝、感謝です。今日のお話も、自分と重ね合わ せちゃって涙なしでは・・・何かあっても60年。まだまだ頑張って長生きしなくては。 また、誘ってください。
●Aさんから
 広瀬さん、前川さんの話は、本当に私たちの代弁でした。私も、聞いていて涙が止まり ませんでした。この病気をこんなふうに社会に伝えていくこともできるのだと、また、そ のことに力を尽くしている人もいることを知りうれしく思いました。


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