あぁるぴぃJRPSちば会報115号


■ 特集
★「網膜色素変性症 治療研究の最新情報」講演内容
  【講演日時】平成30年6月24日(日)14時30分〜16時00分
  【講  師】順天堂大学医学研究科眼科学教授 村上 晶(むらかみ あきら)先生
  【講演内容】
●網膜色素変性症について
 この病気は、多くの場合、20歳から40歳にかけて症状が出てきます。遅い人で50歳、60歳で初めて見つかるという方も少なくありません。
 夜盲、視野狭窄という症状があり、徐々に視力低下がみられるようになります。初期には比較的視力は保たれますが、一部の方には最初から視力の低下がみられることもあります。これらの症状がゆっくり進行するのが特徴です。進行しなければ、網膜色素変性症とは言いません。
 3000人から4000人に1人の割合で発症します。以前は地域によって発症の割合が違うことがあるといわれてきましたが、最近では大きな差はなくなってきました。
 そして、この病気は遺伝子疾患です。このとらえ方が、治療法を考える上で大切なことになってきます。
●遺伝子疾患とは
 遺伝子というのは、体の設計図です。遺伝子疾患とは、体の中の部品を作る遺伝子の変化が原因の病気です。遺伝子は私たちの体の中に2万種類ちょっとあると言われています。私たちは2万ページの設計図の本をお父さんとお母さんから1冊ずつ受け取り、2冊持っていると考えるとよいでしょう。ただし、性を決めることに関する遺伝子についてはちょっと違いますが。
 その設計図の本はそのまま受け取ることがほとんどなのですが、ごくごくまれに、受け取っている間に印刷ミスができたり、ページがなくなったり、傷んだりして、新しい変化が出る場合があります。この設計図の本は次の世代に受け継がれますが、網膜色素変性症に関係する方の本のページが受け継がれるのか、そうでない方が受け継がれるのかは、ランダムに起こります。
●網膜の様子
 目の奥の真ん中の部分には、細かい文字を読んだり、明るいところで働く錐体(すいたい)細胞がたくさん集まっています。そこから少し離れたところに、暗いところで光があるかどうかを判断する杆体(かんたい)細胞がたくさん集まっています。杆体細胞は目の端まで、少しずつ少なくなりながら分布しています。錐体細胞も全体にまばらに存在していますが、目の真ん中に集中して存在します。
 眼底の写真を撮ると、網膜は全体がオレンジ色に見えます。このオレンジ色の中に白く丸くて太い視神経と赤い血管が走っています。ある程度網膜色素変性が進んだ方の眼底には、一部、特に初期にはドーナツ状に黒いごま塩のような色素が現れてきます。これが、網膜色素変性症の特徴であり、病名の由来です。  
 網膜色素変性症の最初のうちは、真ん中はあまり色は変化していません。つまり、真ん中はオレンジ色、その周り、ドーナツ状に黒いごま塩のような色素が出ています。このドーナツの部分から外側にかけて存在する杆体細胞が、割と早い時期から数が減っていくのが、この病気の特徴です。杆体の数が減っていくので、暗いところが見えにくくなってくるわけです。年齢とともに、夜盲が強くなったり、視野狭窄が進んでくるのは、視細胞が弱ってくるというよりも、数が減っていくからだと考えられます。もちろん、病気を持っていない人も視細胞の数は年齢とともに減っていきますが、120年くらいまでは日常生活に支障が出るほどの数にはなりません。病気を持っている方は、40歳くらいで支障が出る場合もあるし、80歳くらいまで支障が出ない場合もあります。数の減り方が病気の進行具合と考えてよいかもしれません。
●病気の原因
 どうしてこの病気が起こるのかは、実際はよくわかっていません。視細胞が減っていく原因としては主に次の3つが考えられています。
 @ 網膜に関係する細胞が生きていくための必要な物質、あるいは網膜を作るための物質が足りない。
 A 細胞が生きていくために必要な物質を正しく作れないことがある。度々、正しく作れないことが起きると、細胞の働きが悪くなり、細胞が弱くなって減ってしまう。
 B 体の中で変なものができ、体にとって毒になるようなものがたまってくる。あるいは細胞を壊すような毒ができるために、細胞の元気がなくなり数が減ってしまう。
  例外的なものとして、次の2つのことも考えられています。
 C 網膜の一番外側にあり、光を感じる細胞をサポートする網膜色素上皮の働きが悪くなり、視細胞を支えられずに、視細胞が減ってしまう。
 D 胎児から赤ちゃんになるまでの過程で網膜がうまく作れずに変性が起こる。これは、早い時期から症状が現れるもので、典型的な網膜色素変性症とはちょっと違います。
 このようなことが起こる原因は遺伝子の変化であり、100種類くらいから300種類くらいあると言われています。視野の変化が強く出る、真ん中の視力が早く低下するなどの症状は、原因遺伝子ごとに違っている場合が多いと考えられそうです。
 よって、原因となっている遺伝子変化を探すことが、治療研究にとって大事と言えます。
●原因遺伝子の研究
 遺伝子を調べる方法には、ここ10年でものすごい技術革新が起きています。30年前は1つの遺伝子の変化を調べるのに1年ほどもかかりましたが、今は次世代(Next generation)シークエンスという方法によって、数百人の患者さんの数十種類の遺伝子を数週間で調べることができるようになりました。費用も以前に比べ、だいぶ低くなったので、この方法で研究が盛んに行われています。
 この方法が使われるようになる少し前に、日本人の患者さんの中で一番多い変化を持っている遺伝子がEYS遺伝子であるということを、日本の2つのグループが、ほぼ同時期につきとめました。この遺伝子によって起こる病気は常染色体劣性遺伝という遺伝形式をとるもので、ご両親は発症せず、自分の世代で発症するタイプのものです。これに次いで多いのが、難聴を併発する原因遺伝子として知られていたUSH2A遺伝子の変化であることがわかってきました。この遺伝子に変化がある人は以前は難聴を併発すると考えられてきましたが、難聴を発症しない場合も少なからずあるということもわかってきました。この2つの原因遺伝子の変化が日本人の原因のかなりの率を占めるようです。そこで、多くの研究者がEYS遺伝子の働きを調べる研究に懸命に取り組んでいます。
 また、次世代シークエンス法が用いられるようになった頃から、国立感覚器センターを中心に、日本中の研究者が協力して、日本人の患者さんの遺伝子情報を集めて、調べようというプロジェクトが始まりました。約2000人の患者さんの遺伝子情報を調べる計画で、もうすぐ完了します。ある特定の遺伝子について調べるだけでなく、未知の原因についても調べています。現在、原因遺伝子がわからないのは全体の半分ほどになってきました。
 われわれも網膜色素変性とよく似た疾患である黄斑ジストロフィの患者さんの家系の遺伝子の変化を調べさせてもらいました。遺伝子にはとても多くの情報が入っています。その中で正常でない変化が10万個も出てきました。網膜の疾患に関係しそうなものを7つに絞り、実験動物を使ったり、いろいろな方法で調べ、1つに絞り込み、原因遺伝子をつきとめました。ただし、この遺伝子変化はこの患者さんの家系にしかみつかっていないので、まだ不確定ですが。
 今後は、遺伝子を調べることそのものよりも、得られたデータを人工知能やコンピューターを駆使して解析する研究が大事になってくるでしょう。
●治療法の研究
 遺伝子の研究と並行して進められているのが、治療法の研究です。
 @ 薬物療法
  原因遺伝子の違いによらず、進行を遅らせたり、症状を軽くすることを狙う治療法です。
  ビタミンAやアダプチノールなどのいろいろなものが試されてきましたが、はっきりした効果は確認されていません。アダプチノールはサプリメントなどでよく知られているルテインとほぼ同じ構造をしているので、網膜を保護する効果は期待できるかもしれません。
  現在注目をあびているものの1つが、タンパク質を形成することを助けるシャペロンという物質です。神経の変性疾患やアルツハイマー病、代謝病に対して、いろいろなシャペロンをぶつけて治療する方法が現実的なものになってきています。また、「必要な物質とはちょっと違うが、ないよりはまし」という発想で進められている研究もあります。たとえば、停止コドン変異という変異による網膜色素変性症に対して、停止コドンを無視する薬の研究も進められています。今年のJRPS研究助成を受けられた先生もこの発想に基づく研究をしています。
  京都大学でも分岐鎖(ぶんきさ)アミノ酸を摂取することで、進行を遅らせようという治験をスタートすることをホームページ上で公表しています。
  網膜色素変性症は症状や進行具合に大きな幅があり、視力や視野などの指標が病気の変化をうまくとらえきれていないために、薬の効果がうまく示せないことが多々あります。これが、薬物療法の研究を難しいものにしています。
 A 遺伝子治療
  個々の遺伝子変化毎に、遺伝子を補完する、修繕するという治療法です。病気がかなり進んでしまったものをもとに戻すことは難しいが、初期の段階で発見し、遺伝子治療をはじめれば、少なくとも進行を遅らせることができるのではないかと、世界的なレベルで治療研究が始まっています。
  現在、うまくできていない遺伝子の代わりとなる遺伝子を補完しようとする研究が進んでいます。
  赤ちゃんの時に発症するレーベル先天盲の一部は、これで十分治療ができることがわかりました。日本ではこの遺伝子変化を持つ方はごくまれにしかいないので、まだ日本でこの治療がスタートするという話にはなっていません。
  網膜色素変性によく似た症状を示し、男性にのみ発症するコロイデレミアに対する遺伝子治療の治験が、現在イギリスとアメリカで進んでいます。近いうちに良い結果が公表されるのではないかと思います。この遺伝子の変化を持つ人は日本にも多いので、この治療は日本でも行われるようになるでしょう。
  一方、遺伝子の変化の修復は以前には難しいと考えられてきましたが、ここ5年くらいで、狙った遺伝子を書き換える遺伝子編集ということが、結構うまくいくことがわかってきました。ただし、狙った遺伝子以外の遺伝子も書き換えてしまう心配があります。うまく書き換えができる細胞はがんになりやすい細胞ではないかとの最新の報告もありますが、これを回避できるような工夫もでてきたので、自分の細胞から網膜を作る前段階で、網膜色素変性症にならないよう書き換えをし、網膜にそっくりのものを作り、網膜に埋め込んでやるという治療が遠くない将来にできるようになる可能性があります。
  今、具体的に目立って動いている遺伝子治療の研究は数種類ですが、世界では100種類くらいのプロジェクトが始まろうとしています。原因となる遺伝子はたくさんありますが、治療のできるものからどんどん進めていこうと、世界中の研究者、製薬会社、ベンチャーなどが力を注いでいます。
  ただし、遺伝子には大きさがいろいろあり、大きな遺伝子の治療は難しい。日本人に多い原因遺伝子のEYS遺伝子はとても大きいので、遺伝子治療が難しいのが悩みです。
 E YS遺伝子の働きについてはまだよくわかっていませんが、私と東京大学医科学研究所の先生との研究で、EYS遺伝子は光を感じる細胞の真ん中に集中してあることがわかりました。EYS遺伝子が作るタンパク質とくっつく物質を探して補えば、なんとかなるのではないだろうかと考え、研究を続けています。EYS遺伝子が網膜の細胞になった時にどのように働いているかを調べるのに、iPS細胞を使うことができます。iPS細胞は、血液や皮膚の細胞から網膜そっくりの細胞をつくることができ、試験管の中で、網膜の働きを試すことができます。iPS細胞のすばらしさは再生医療ばかりでなく、このような研究にも大いに役立つことにあります。
 B 再生医療
  なくなってしまった細胞に近い細胞を作って、目の中に入れれば、その細胞に近い働きをしてくれるだろうという発想です。
  まず、神戸理化学研究所の高橋先生のグループが、網膜色素上皮細胞を使った加齢黄斑変性を対象とした臨床試験を行いました。現在、高橋先生のグループでは、iPS細胞を培養して、網膜色素上皮と視細胞をくっつけたものを作り、網膜の中に入れ込むという研究を行っています。動物のレベルではかなりうまくいっています。光を感じる機能もそこそこ回復していることが分かりました。今は、これを網膜色素変性症の患者さんで行うための基礎的な研究が続けられています。
 C 人工網膜
  目の中に、光を感じる電子的信号を出す人工物を埋め込み、その信号を脳に伝える仕組みです。
  世界では、4つから5つのグループが取り組んでいます。光をほとんど感じなくなったような人や手の動きが見えるか見えないかぐらいの人が、机の上の大きなものを判断できるようにするのが目標です。欧米では、すでに医療機器として認可を受け、数十個が販売され、患者さんが治療を受けています。まだ、長期の経過やどんな患者さんにどのようなものがよいかなど、よくわかっていません。もしかしたら、日本にも海外のものが、治験という形で入ってくるかもしれません。
  日本では大阪大学の不二門先生のグループが、最初の安全性の試験を終え、次の段階の試験をスタートさせようとしています。
 D Optogenetics(光遺伝学)による治療
  網膜の一番外側に近いところにある光を感じる細胞がだめになってしまったので、その上流にある網膜神経節細胞に、植物の藻の中にある光を感じる物質を作らせ、光の情報を脳に伝えようとするものです。そんなに良い視力は期待できませんが、目の前の物の存在を判断できるくらいの視力は得られるのではないかと考えられています。日本の先生も開発されています。その研究をもとに会社が海外で治験を始めています。海外である程度の安全性が確認されれば、世界中で治験を行うことが計画されています。同じような治療ががんなどで行われていて、そこそこよい結果がでているようです。
●現実の問題としての合併症などの症状について
 @白内障
  網膜色素変性症の患者さんが早い時期から発症しやすい原因はよくわかっていませんが、目の中で、慢性的に炎症が起きているからだという説が有力です。炎症が白内障を進行させる。あるいは、目の中の環境が、目の中に入ってきた光を屈折させる水晶体によくないのではないかという考え方があります。手術により、目に負荷がかかったり、炎症が起こることがあり、網膜色素変性症の患者さんがぎりぎりの状態で持っていた視細胞が同じ時期に元気がなくなり、進行が早まってしまったかもしれないという場合がまれではありません。が、一般的には網膜の機能に余裕のある患者さんであれば、手術をすることが悪い影響を及ぼすとは考えられないので、得るものがしっかりわかっていれば、手術をしてもよいだろうと思います。
 A黄斑浮腫(おうはんふしゅ):物を見るために大切な黄斑にむくみが出る症状。
  緑内障の薬がむくみをとることが知られているので、適用外になりますが、医師の判断で処方されることがあります。その他、むくみをとるためのステロイド剤が使われます。
 B網膜前膜(もうまくぜんまく):網膜の表面に膜が張る症状。
  一般的には、膜をはぎ取る手術が行われますが、ある程度進行した網膜色素変性症の患者さんでは、手術により視力が低下することがあります。
  Cその他の症状 
  「暗いところが見えにくいのに、まぶしいのはなぜ?」とよく聞かれますが、よくわかっていません。杆体細胞は明るいところで働く錐体細胞を支える役目も持っています。杆体細胞と錐体細胞のバランスが崩れてきて、杆体細胞が錐体細胞をうまく支えられなくなってくることが、原因の一つかもしれません。白内障でまぶしいのか、目の奥の真ん中の働きが悪くてまぶしいのか、なかなか判断がつかないことも多いです。
  また、網膜色素変性症は、光を感じる細胞がなくなっていくのですが、その細胞につながっている細胞が元気ということもあり、勝手にノイズがでてきて、いつまでも変な光が見えていたり、耳鳴りのように目を閉じても開けてもギラギラした光やチカチカした光が出るという訴えが多いのですが、よい薬は見つかっていません。
●眼科診療の進歩と今後の課題
 眼科の手術の技術は進歩しているので、手術による体や目にかかる負荷(侵襲・しんしゅう)がどんどん小さくなっています。病気を持つ少し弱い目であっても侵襲が小さくなれば、良い手術を受けられる可能性が大きくなっています。
 診療上の問題はいっぱいあります。病気の説明の仕方、眼科のサービスの仕方、就労や生活の情報をどのようにしたらよいか。眼科だけではカバーしきれないので、いろいろなところと協力しながら、やっていかなければなりません。
 その中で、世の中のニーズに応えるべきものとしてロービジョンケアが注目されています。今後は情報伝達機器やコンピューターをうまく使って、今持っている視覚を最大限に、より有効に、あるいは視覚という概念を超えて、さまざまな情報を手に入れるという仕組みが考えられていくでしょう。この領域は若い研究者や技術者にとってやりがいのある仕事になりますので、皆さんから「こういうことはできないか?」ということをどんどん出していくことも重要かと思います。車の自動運転やレーザを使ったアイウェア、暗いところを見やすくするメガネの開発なども少しずつ進んでいます。
 ロービジョンケアについても、眼科医が、まず何からやったらよいかという道筋を立てて、一緒に考えていかなくては、皆さんのご要望に応えきれない。そのためには眼科医にこの病気をよく理解させることがとても大事だと思います。機会があれば、皆さんからの投げかけも必要です。われわれ研究者も学会や講演会などで網膜色素変性症について研究発表をしています。この病気は患者さんにとってもわれわれにとっても大変な病気ですが、この病気のおかげでいろいろなことを学ばせていただいています。今後も研究を続けていきますので、よろしくお願いします。
※治験:「薬の候補」を用いて国の承認を得るための成績を集める臨床試験
※臨床試験:実際に人に対して、薬や治療法の安全性や有効性を調べるために行う試験        
文責 渡辺 友資枝



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