皆さん、こんにちは。(紹介は)長い名前でしたけど、岡山大学病院の眼科で働いています、松尾俊彦と申します。今日は先ほどご紹介いただきましたように、私たちは人工網膜を研究しています。実際はじめたのはもう何年も前になるんですが、考えついたのはずいぶん前になるんですが、なぜ、なぜですね、今、いろんな治療方法が、日本中、世界中で研究されています。その中でなぜ、私たちは人工網膜をやっているのかということを紹介したいと思います。それから、私たちの人工網膜研究自体もですね、世界中、日本の他の場所、たとえば大阪大学、名古屋大学、あるいは企業で、実際政府からの研究費というのを得て行っておりますが、そういう人工網膜と、私たちが個人的にほとんどお金をかけないように努力してやっている研究なんですが、どこが違うのか、なぜ私たちは私たちの方式の人工網膜がいいと思っているのか、というのを説明していきたいと思います。 最初、一応復習をしますと、今、今後考えられる治療としては、皆さま言葉だけは聞かれたことがあると思いますが、たとえば、移植です。眼科では角膜移植というのが一番早く、たぶん移植の中でも一番早かったと思うのですが、角膜移植というのがあって、最近、肺移植、あらゆる移植では心臓移植、また糖尿病の方に膵臓(すいぞう)の細胞を移植するとか、いろんな方面で発達してきてます。同じように網膜もですね、網膜を移植する、あるいは網膜を栄養している網膜色素上皮細胞を移植するというような研究が進んでいます。移植ですね。 それから、次によく聞く再生ですね。再生というのは再び生じると書いて、要するに神経、眼で言えば網膜の光を感じる細胞がだんだんなくなっていくわけですから、じゃあ、そのなくなった細胞をですね、再生させればいいじゃないかと。だから新たに作るように何か、たとえば薬を与えるとかいろんな刺激を与えるとか、そういうふうにしてなくなってしまった光を感じる細胞を作り直せば、体の中で作り直せばまた見えるようになる、というのが眼科では再生、再生という研究進んでいます。この話はたぶん次の古川先生、僕自身も聞くのをとても楽しみにしておりますが、古川先生の方から伺えると思います。 それから3つめが遺伝子治療ですね、遺伝子治療。これもずいぶん前から言われていまして、要するにいろんな遺伝子、結局網膜色素変性症はいろいろな、ほんとに多数の様々な遺伝子に異常があって起こってくることが、これも世界中あるいは日本でいろいろされた研究でわかってきています。ですから、その遺伝子を何とか治してあげればいいじゃないか、あるいはさっき言ったように、光を感じる細胞がだめになっているので、うまいこと何かこう細胞がですね、またよみがえるような遺伝子を入れて治療すればいいじゃないか、というのが遺伝子治療の考え方です。 で、この3つが有名なんですが、これは全くわたくしの個人的な意見なんですが、こうした治療はやはり少し時間がかかりそうな気がします。というのは、結構複雑なものですし、あるいはたとえば安全性、やはり人の治療を考えるときに一番大切なのは、むしろその効果が期待できるというのも大事なことなんですが、すごく安全、すごくかどうかわかりませんけど、基本的に安全であるというのが、人の治療、人に対して行う治療にとしては一番必要な事柄です。そういうことを考えると、そういう安全性を乗り越えていろいろ複雑な過程を経て、このさっき言った3つの、移植、再生、それから遺伝子治療というのを実際に実現するのは、わたくしは眼科医ですから眼科医として、日頃接している患者さんたちにそういう治療を実際に実現するのは、ちょっと時間がかかるんじゃないかというのが現在の私の率直な気持ちです。違う意見ももちろんあると思いますが、わたくし自身はそう感じています。 そこでですね、人工網膜というのがわたくし自身は一番実現の可能性が高いんじゃないか、しかも実現ができて、実現するというのは治療として、人に対しての治療として使えるということですね、安全に。しかも効果がある。もちろん効果がない治療は治療になりませんから、効果がある。では何か、というふうに考えて、この人工網膜の研究をしています。ですから、人工網膜を入れれば、さっき言った、移植、再生、遺伝子治療、人工網膜の4つですね。4つの中から人工網膜を選んでいる理由はそういう理由です。 じゃあ、どうしてわたくし自身それが安全であり、実現可能であると考えるかという理由ですが、よく考えてみると、人工物ですね。人工のものを使って治療するということは、よくよく考えるといろんなところでもうすでにされているんですね。眼科で一番有名なのは眼内レンズです。この中でも白内障の治療・手術を受けられた方もいらっしゃると思いますが、僕が眼科医になったのはもう1985年ですから、その当時眼内レンズがやっとまあまあ普及しだして、それまでは眼内レンズっていうのはなかったんですね。ですから白内障の治療・手術っていうのは、目の中の濁ったレンズをとってしまうだけ、あとはそれじゃあピントが合わないから眼鏡をかけるなりコンタクトをするなりっていう手術でした。ところがそれじゃあ眼鏡をはずすとピントがあわなくて見えないし、分厚い眼鏡になるし、コンタクトは面倒だし、ということで眼内レンズっていうのが出てきて、1985年当時はまだまだ手術自体も一時間ぐらいかかって大変だったんですが、現在はとても安全にできるようになってます。あの眼内レンズっていうのは実はプラスチックなんですね。 難しい言葉で呼べばPMMAっていうプラスチックの名前ですが、プラスチックなんです。これを目の中に入れるわけです。最初は目の中にそんな物を入れるのはいいのかっていう議論がもちろんありました。こういう材質をつかってもいいのか、いういろんな材質が出てきて今使ってるプラスチックがですね、まあ安全である、長いこと体の中に入れていても、要するに劣化っていうか壊れてこない、分解しないですね。何も害がない。しかも長持ちしてよく見えて便利だということは、あれからもう20年近くになりますが、もう世界中証明されてるわけです。人工物を上手に私たちは使ってきています。 それから歯です。歯の治療行かれたらいろんな詰め物をしますよね。あれも人工物です。言えばまあちょっと違うかもしれませんが、上手に使ってますよね。 それから体の中に埋め込む物としては人工関節があります。人工関節も最初はあんな金属なんかいれて大丈夫かなんて言われてましたが、実は慢性関節リュウマチなんかで関節が動かなくなってしまって、たとえば歩けなくなります。そういう方がですね、人工関節に変える手術、人工関節置換手術って言いますが、そういう手術を受けられた場合、ちゃんと歩けるんですね。確かに何年かたつといろんな問題が起こってくるんですが、それでもまあまあもつんです。そういうふうに人工物っていうのはとてもいいように機能してます。で、体の中に入れてもいろんな効果がありますね。 だから、人工網膜もそういう人工物を目の中に入れていても、埋め込んでいても、たぶん眼内レンズと同じようにいい素材ですね、いい材料を選べば、しかも害にならないような、それから体の中にはいろんな蛋白とか酵素がありますから、そういう物で分解されないような、いい材料を選べば、長もちをして、ずっと機能するんじゃないのかっていうふうに考えられます。というかわたしは考えています。 でも、じゃあ眼内レンズや人工関節と人工網膜は違うんじゃないかっていう意見もあります。というのは、眼内レンズっていうのはただ単に材料ですよね。それが何かをしなきゃいけないんじゃなくて、ただ単にレンズですよね。人工関節も一種の機械じかけみたいなもんで、ちょっと人工網膜と一緒にするのは乱暴かもしれません。でも、別の人工材料を考えてみると、たとえば心臓ペースメーカーっていうのがあります。でこれは何をしてるかっていうと、心臓は規則正しくずっと一生動き続けるわけですが、拍動の信号を送り出す元の場所っていうのがあって、そこがだめになって心臓が動かなくなる、脈がだんだんと遅くなるような状態があります。そういうときに心臓ペースメーカーっていうものを埋め込みます。 で、これは何をしてるかっていうと、簡単にいえば電池があって、定期的に規則正しく電気信号、電流ですよね、電流を出してるんです。で、心臓一カ所を、さっき言った信号の元になるところを刺激し続けているわけです。それで心臓は動き続けているわけです。心臓っていう生きた生ものって言ったら変ですけど、生ものに電流を与え続けていっても、それでも心臓はちゃんともっているんですよね。10年、20年と。考えて見るとびっくりするようなことなんですが、これももう僕が学生の頃から心臓ペースメーカーの手術っていうのは行われてますから、いちおう25年以上はたってると思います。いろいろ改良されてもってますよね。 それから人工内耳っていう、耳が聞こえなくなられた方で、耳の奥の方に蝸牛(かぎゅう)っていうカタツムリみたいなところがあって、そこが振動して音が聞こえるんですが、そこの中に電極、針金を入れるんです。ある高さの音の場合はある長さの電極っというか針金から電流が流れて、蝸牛のある場所を刺激すると音が聞こえるんです。これをずっと埋め込んでやると、やはりもってるんですね。 長いこと電流刺激しても、もってるんです。ある意味じゃびっくりしますよね。で、そういうふうに人工内耳や人工ペースメーカーっていうのを見てますと長いこと電流で刺激してても、普通だったらなんかその電流が悪い影響を与えて、たとえば蝸牛、耳の中がだめになるとか、心臓がだめになるとかっていう気がするんですが、実はやってみるとそうじゃないっていうのが、この2,30年の間にわかってきたんですね。 それで網膜でもですね、そういうの見てると、網膜でも同じように光をできるんじゃないかっていうふうに考えて、人工網膜っていう研究が、世界や日本で、もちろん日本で始まったのは遅いんですが、アメリカ、ヨーロッパで始まってます。 というのが人工網膜の研究です。ですから、人工網膜、なんとかなるんじゃないかっていうんですね。 人工網膜をどういうふうにするかっていうと、網膜色素変性症っていう病気に限って言えばですね、光を感じる細胞、視細胞ですね、視力の細胞、視細胞っていうのがだめになっていくんですね。だんだん減っていきます。ところがです、他の神経細胞、視細胞っていうのが光を感じて、それは電気信号に変える細胞です。その電気信号を次の細胞に伝えて、さらに次の細胞に伝えて脳まで行くんです。脳までいって見えるんですね。そういうあとの細胞っていうのは網膜色素変性症の場合、残ってます。要するに視細胞だけがだめになってて他の細胞は残ってるんでしたら、視細胞のかわりになるような物をもってきて人工物として、光を電気に変えるような、電気信号とか電流に変えるような物をもってきて網膜の裏側に埋めといて、残った神経細胞に光を感じて起こってきた電流を伝えれば見えるんじゃないかっていうことになりますね。でそういうふうにして、人工網膜が開発されてきてます。 今、人工網膜、なかなか僕のところまで話は来ないですが、今世界でやられている人工網膜には二通りの方式が大きくわけてあります。で、一つはですね、カメラ方式と言っていいと思いますが、これはどういうことかっていうと、デジタルカメラがありますよね、ビデオとかね、ああゆうふうにデジタルカメラで画像をとらえます、見えてますよね。それはデジタルですから電気信号に変換してるわけです。その変換した信号をうまいこと網膜に伝えれば、伝えて見えるようにしようという、そういう方式があります。デジタルカメラの場合は、直接入れてもかまわないんですが、信号をね、そういう方式が一つですよね。 もう一つはとても単純に考えて、視細胞がないわけですから、視細胞のかわりをする光学製品というか人工物ですね、光ダイオード、聞いた 事があるかと思いますが、光ダイオードというものを使います。光ダイオードというのは何かというと、光を吸収すると電流が出るような、まあ素子です、小さな光学製品です。それをたくさん集めて、並べて、円盤状のある面積をもった物にします。そうすると、そこにたとえば人の顔が映った場合、ある光、その個々の光ダイオードで電流の出るとこ出ないとこっていうのが出ますから、それをそのまま網膜の裏側に埋めとけば、残った神経細胞がいいように電流を受け取って見える、っていう、そういう方式があります。これはたぶん光ダイオード円盤って言っていいと思うんですが、そういうのが実際にアメリカで開発されてきてます。で、実際のところアメリカではもうすでに患者さんに、たぶんボランティアとしてだと思うんですが、っていうか希望があった場合だと思うんです、実際にこういうカメラ方式の場合と光ダイオードの円盤方式、両方を目の中に埋め込んで何となく見えるんじゃないかっていうような結果が出てます。 じゃあこういうふうにうまいこといってるんだったら、そういう研究は他に任せとけばいいんじゃないかって思うんですが、なんで敢えて岡山でほそぼそとお金をかけないように努力しているかと言いますと、現在の方式、たとえば光ダイオードの方式っていうのは、光学製品なんでかなり大きくなるんです。かなり大きくて堅いものになります。当然、目の中っていうのは湾曲があります。眼球は丸いですからね。湾曲があるところにある面積をもった円盤を入れようと思うと、やわらかいものである必要があると思うんです。これは実際手術をするときに、堅い物を埋め込もうと思ったら、眼球の切る範囲を広くしないと入らない。そうすると切るって事は目にとって良くないことなんですよね、血の巡りが悪くなったりいろんな問題が起こります。手術のあとそんな堅い物入れて、たとえば飛び跳ねたら目の中でそれがどんどん動いて、かえって目の中の組織が痛んでしまうとか、そういうことが起こりえます。ですから、もっとこれを今の堅いものではなくて柔らかいものにして、しかも見えるっていうことで大切なのはある範囲が見えるってこと、視野ですよね、視野っていうのはとても大切です。広い視野を得ようとすると大きな物を埋め込まないといけないです。大きな面積の物をね。大きな面積の物で柔らかい物を埋め込んで、しかも視力を出そうと思うと、大きな面積の中で細かく光を感じる物を並べる必要があるんです。 今の光ダイオードでそれを作ろうと思うと、小さな物を作ることはアメリカの例でも可能なんですが、大きな面積をもって、しかも埋め込みやすくて、目の中であんまり動かなくて、手術がやりやすい、長もちがするっていうのはちょっと無理なような気がしました。 そこで、なんかいい方法はないかなっていうふうに考えてみてましたら、感光色素っていう言葉をあるとき目にしたっていうか耳に聞いたっていうか、どっちか忘れましたけど、感光色素っていう言葉があるのに気がつきました。感光っていうのは感じるっていう字に光ですね、感光色素。 たまたま、なんで感光色素っていう言葉に目がいったっていうか耳が動いたっていうかと言いますと、岡山市に林原っていう企業があって感光色素研究所っていうのがあったっんです。今は何か統合されてますけど。それで感光色素っていうのが使えるんじゃないかっていうのを数年前になりますが思いついて、感光色素を使えばさっき言ったような、今の人工網膜の問題点ですね、問題点が全部解決するんじゃないか、理屈の上では解決するんじゃないかっていうのを考えました。 それで林原さんの方へ行って、林原さんが持ってる感光色素っていう物の中から、感光色素って山のようにある、いろんな種類の感光色素がありますから、その中から使えそうな物を選んでもらって、最初にこういう研究がしたいので協力してもらえませんかってお願いにあがったんですが、選んでもらって、現在どこまでいったかっていうと、感光色素をポリエチエンっていう薄い膜ですね、ポリエチエンって何かというと、皆さん買い物袋レジ袋ってありますよね、スーパーに買い物にいくと必ず半透明の袋をくれますよね。あれがすごく薄くてある意味丈夫なんですけど、引っ張れば伸びますけど、あれがポリエチレンなんですね。で、ポリエチレンの膜に色素をつけて結合させて、人工網膜のその原型っていうか元になる、試作品って言ってもいいかもしれませんが、そういうのを今作りあげて、引き続きそれがいいようにいくかっていうのを検査するっていうか、試験している段階です。 それでですね、感光色素っていうのは何かっていうとこれは小さな分子なんです。ですから光ダイオードっていうのはどんなに小さくしてもやはり光学製品なんで限界がありますが、感光色素っていうのは分子なんで当然目には見えないぐらい小さなものなんです。どうしてこれが人工網膜に使えるかっていうと、感光色素は何をしてるかっていうと、光を吸収するんですね、小さな分子が光を吸収します。で、光を吸収したときにどうなるかっていうと、光ですからエネルギーですよね、光のエネルギーを吸収します。で、分子が吸収して、その分子の中でいろんなことが起こります。で、一番有名なのは、光を吸収したら別の色の光を出す、蛍光を出すような色素があるし、人工網膜に使えそうな色素っていうのは、光を吸収したときに光のエネルギーをもらって、感光色素の分子の中で電子っていう、たぶん昔理科で中学校の頃に習いますけど、電子っていうのを聞いたことがあると思いますが、光を吸収すると光のエネルギーで電子が感光色素の分子の中でかたよるっていうか動くんです、電子がね。難しい言葉でいうと励起(れいき)されるって言いますが、光のエネルギーをもらって分子の中で電子が励起されるんです。簡単にいうと分子の中で電子が動いて偏ってしまうんですね。 電子っていうのはマイナス、陰性の荷電、要するにプラス・マイナスってありますよね、電池と同じようにね。マイナスっていう荷電を持ってますから、マイナスを持っている電子がある大きな分子の中で偏ってしまうと、当然電位差っていうものが生じます。要するにトランス、本来だったら中性の物のなかでマイナスをもったものが位置を変えると、プラスとマイナスっていうふうに電位差が生じますよね。電位差っていうのが起こります。これが、実は体の中で起こっていることととてもよく似てるんです。で、さっきから言ってました光を感じる目の中の細胞、視細胞っていうのは何をしてるかっていうと、光のエネルギーをレチノールっていう分子が吸収して、分子の構造が変わってですね。それが膜電位(まくでんい)って言って、細胞膜の電位差が変わるわけです。で、細胞膜の電位差が変わったのが、ずっと神経の細胞膜を脳まで伝わっていくわけなんです。そういうふうに体の中で、たとえば筋肉が動いたり、あるいは冷たい物を感じたときに冷たいって思ったり、感覚神経ですけど、そういう神経が脳へ情報を伝えているのはどうしてかっていうと、細胞膜の電位差を伝えてるんです。ということは、さっきお話しした感光色素の中で光を感じる、まあ吸収して光のエネルギーで電位差を生じる、電子の偏りを生じて、電位差を生じる感光色素っていうのは、ある意味とてもよく似てるんです。この電位差を生じたのが、そのまま光を網膜に残っている神経細胞に伝われば、細胞膜に電位差が生じるんですね。感光色素の電位差によって残っている神経の細胞の膜の電位差を生じさせる訳なんです。(細胞の膜の電位差)を誘導するっていうか。そうするとその電位差は、あとは神経の働きで自動的にずっと脳まで伝わっていきます。で、こういうふうに感光色素の中であるもの、難しい言葉では光電変換色素(こうでんへんかんしきそ)、光を電気に変換する色素です、光電変換色素と呼ばれる物が光ダイオードのかわりに使えるんじゃないかっていうふうに考えています。 で、こういうふうにしてまず分子、感光色素で使える物は何かっていうのを探しました。それが数年前の話で、色素だけじゃ人工網膜っていうのはできないので、さきほどお話しましたように、耳と目で何が一番違うのかなって考えた場合、人工内耳っていうのは蝸牛の中にさっきお話しましたようにいろんな長さの針金をつっこんで、蝸牛の中のサザエのツボみたいなものですよね、サザエの中のツボの入り口の方と奥の方とを刺激できるようにしてるのが人工内耳です。そういうふうにある意味線っていうか線状の刺激です。 ところが、物を見るっていうのはそれじゃ無理だと思うんですよね。どうしてかっていうと、視野っていう見る範囲がないとすごく不便なんで、それを実現しようと思うとある面積を持った物、ある面積で刺激していかなければいけないんですね。そこでさっき言った感光色素をある面積を持った物、それがポリエチレンの膜なんですが、ポリエチレンの膜にくっつけることにします。 これもなんでポリエチレンの膜を選んだのかってことなんですが、これはどうしようかなって思ったんですが、いろいろ色んなものを調べたり話を聞いたりしてると、岡山大学の工学部、工学部っていうのはおもしろい研究をいっぱいしてるわけです。で、工学部に島村 薫(しまむら かおる)先生っていう先生がいらっしゃって、高分子化学、高い分子の化け学です、まあ繊維です、大きな分子ですから、繊維を専門にされてる先生がいらっしゃって、最近の世の中の流れとして、できるだけいろんな製品ですよね、たとえば医療分野ではいろんな製品が役に立ってて、我々が安全に、患者さんたちが安全に医療を受けられるようになってきてるんですが、そういうときには工学部の知識っていうか、技術がとても大切なんです。私たち医学部の人間っていうのはあんまりそういうのは得意じゃなくって、どちらかというと不得意なんですけど、なんかいい材料はないかなってことで、島村先生のとこに聞きに行けばいいかってことで、島村先生に最近ですからEメールを書いて、じゃあどうぞいらっしゃってっていうことで、工学部の方へ行ってきました。 それでいろいろこういう人工光電変換色素ですよね、感光色素を使った人工網膜を作りたいんですが、なんか先生いいアイディアはないでしょうかって島村先生に聞いたら、島村先生がおもむろにですね、半透明のビニールシートのような物を出して来られるんです。これね、ポリエチレンなんですけど、あのねレジ袋ですっておっしゃるんです。これが意外と丈夫でいいんじゃないか、というふうにおっしゃるんですね。で、すごいアイディアがあるもんだなって僕自身もビックリしたんですが、ポリエチレンっていうのは材料としてはもうすでに人工関節に使われてるんです。で、調べてみますとポリエチレンは体の中に入れても安全であるっていうことは、今までのいろんな経験ですね、たとえば人工関節・人工血管の経験からわかってるんです。そのポリエチレンの膜に、すごい薄い買い物袋ですよね、レジ袋にさっきお話しした目に見えないような小さな感光色素っていう分子をまぶしつければいいんじゃないかっていうふうに考えまして、じゃあどういうふうにつけるかっていうと、ここがまた工学部のすごいところで、そのままじゃくっつかないんで、ポリエチレンフィルムを硝酸っていう、聞かれたことはあると思いますが、硝酸の煙にさらすんです。ポリエチレンのフィルムの表面にカルボキシル基という、COOH、これは昔中学校のころ僕が習った覚えがありますが、カルボキシル基っていうのができるんです。で、本来はさらっとしてカルボキシル基をくっつけるような場所は無いんですが、硝酸という煙にさらすと、そういうところができてカルボキシル基ができて、カルボキシル基ができるとそこにさっきお話しした感光色素をくっつけることができるんです。で、そういうふうにして工学部で感光色素をくっつけてもらいました。 これまた見ててすごいなあ、まあ化学反応ですけどね。化学反応で、どのくらいかかったでしょう、たぶん一週間ぐらいかかってくっつけてもらいました。それでいいようにくっついったっていうことを、たとえば光を吸収したときの反応とかで確認してもらいました。これが今の試作品なんですが、これが実際に機能するかどうかですね。やっぱり機能しないといけないんで、機能するかっていうのはどういうことかっていうと、光を当てたときに神経細胞を刺激するっていうことですね。光を当てたときに感光色素に電位差が生じて、その電位差が神経細胞に電位差を生じさせるかどうかです。そういうのを調べてみました。それを調べるのに何をしたかっていうことですが、これが一番安上がりの方法として卵を使いました。みなさんも有精卵、無精卵とか聞かれたことあると思いますが、有精卵っていうのは卵をそのまま保温器のなかで暖めておけばそのうちひよこがかえるのが有精卵ですが、これが岡山市に福田養鶏場っていうところがあって、よくみるととても運が良かったんですが、こういう養鶏場があるっていうのが、全国に卵の元ですよね、有精卵を卸してるんですね。有精卵を何にしてるかっていうと、要するにニワトリを育てて卵を産んでもらったり、あるいは食べる肉になったりしてるわけですけど、そういう有精卵を作ってるところが岡山市にあるんです。で、そこに行ってわけてもらう、一個150円でわけてもらえるんですが、あそこまで、岡山の南の方まで、昔の空港の南の方へ行って、まあ五つくださいとか言って500円ぐらい払って、買って帰って、その中の10日目ぐらいですね、ふつうは20日ぐらいでかえるんですが、10日目ぐらいになるとだいぶもうできてて、ただ網膜のできる過程っていうのは、視細胞ができてない時期があります。他の神経細胞ができてるんだけど視細胞ができていない時期のニワトリの胎児って言っていいと思うんですが、まあかわいそうはかわいそうなんですけど、それを目を取ってきて網膜を取り出します。で、その網膜をさっきお話しした、島村先生のところでつくってもらった人工網膜の試作品ですね、に重ね合わせます。で重ね合わせて光を当てます。光を当てたときに、その網膜に反応が出るかどうかっていうのを見ました。すると反応がちゃんと出るんですね。ああこれだったら使えるっていうのがいまの状態です。 結局その網膜っていうのは、元々はですね、一つっていうか一種類の神経細胞から、古川先生がお話になると思いますが、色んな細胞からできてきるんです。で、網膜がだんだん厚くなって、神経細胞が何層にもなって、それから最後に視細胞っていうのができます。で、視細胞ができていない段階の網膜が反応するっていうことは、視細胞がなければ光を当てても反応のしようがないですね。反応するっていうことは、私たちが作った人工網膜が光を吸収して、さっきお話ししたように、電子が偏って電位差を生じて、それが網膜の神経細胞に伝わって、網膜の神経細胞が興奮するって言いますか、神経としての信号を出してる。 ということで、網膜色素変性症に近い状態ですね、網膜色素変性症っていうのは、視細胞だけがやられて、あとの神経細胞が残っている状態ですよね。ニワトリがまだ卵の中にいて完全に網膜ができていない時期、視細胞だけがない時期っていうのは、ある意味とても似てる状態なんですよね。そういう網膜に対して、ちゃんと人工網膜を使えば光を感じることができるっていうか、光を当てた時に電位差を生じる、ということは人の場合ですね、網膜色素変性症に使えるんではないかっていうふうに今考えています。 で、ここまでが話なんですが、今後さっきお話ししましたように安全性ですよね。実際に人の治療として使うときに、一番重視、薬でも何でもそうですが、もちろん効果があるっていうのは大切なんですが、効果があっても安全じゃなかったら何にもならないんです。効果も一時的な効果では何にもならないんです。一時的に良くても長い目で見ると逆に害になったら何にもならないんで、今後は、工学部と一緒に作った人工網膜の試作品が本当に安全なのかどうか、それから長持ちがするかどうか、っていうのをみていかないといけないと思います。 ただ、最初の話に戻りますけど、たとえば心臓ペースメーカーとか、耳の中に埋め込む人工内耳が長い年月もってるのを見てますと、人工網膜っていうのもおそらく長い年月ですね、20年、30年そういうふうに刺激をずっとしてても大丈夫じゃないかっていうのが、今の僕自身の考えです。 会報6号付録目次へ戻る |