あぁるぴぃJRPSちば会報109号


■ 特集
★「網膜色素変性 研究の展望」講演内容
【講演日時】平成29年7月2日(日)14時45分〜16時30分
【講  師】千葉大学大学院医学研究院眼科学教授
千葉大学医学部附属病院長       山本 修一 先生
【内 容】
●厳しさを増す医療を取り巻く環境
最近、医療を取り巻く経済的環境は厳しさを増している。医療費の増大が国家財政を圧迫しているとの議論がある一方、医療は非常に進歩しており、人の幸せに貢献している。国家財政にかかわるからといって、削減してよいものだろうか。
●JRPSの副理事長として
網膜色素変性の患者は4,000〜5,000人に1人、難病登録している人は25,000人いる。患者数のわりには、世の中に知られていない病気である。社会からの支援や理解を得るため、JRPSでは、網膜色素変性症(以下、RPという)のアピールに力を入れている。
JRPSは国際網膜協会(Retina International、以下RIという)の日本支部でもある。現在、RIには33か国の支部があり、そのうちの24か国が正会員となっている。正会員になるための条件は大変厳しいものであるから、RIの正会員であるJRPSはかなりしっかりした運営をしている団体と言ってよい。
 JRPSちばは20年という歴史もあり、会員の皆さんの熱意とボランティアさんのサポートにより、しっかりした運営をされている。が、都道府県協会の中には、ごく一部の会員のきわめて献身的な努力によってのみ支えられている協会もある。その方たちの力が尽きてしまうと会そのものが消滅してしまう恐れがある。みんなが「一部の人にまかせておけばいい」という考えになってしまうと組織は潰れてしまう。一人一人ができる範囲でよいので、力を出していただきたい。
JRPSの非常にユニークなところは、目的がはっきりしていることである。一番の目的は網膜変性疾患の治療法研究を促進すること。次にQOL向上である。また、この会の素晴らしいところは公益社団法人格を取得したところ。それは大変難しいことであったが、理事の皆さんの大変な熱意により実現した。JRPSの活動は研究支援、講演会・国際フォーラムの開催、社会への啓発、企業や政府への働きかけ、資金集めなど、多岐にわたるが、中でも重要なのが、正確な情報提供・情報公開である。JRPSの会員である大きなメリットはそこにあるのではないか。
 また、この会の大きな特徴は、患者・学術・支援の理事が、それぞれの役割を担い、三位一体の運営がなされていることである。学術理事にはRPの治療を現場の第一線で担当している先生方を迎えている。
 研究助成は1997年に始まり、現在までに40名以上の受賞者が出ている。毎年5から7件の応募がある。これらを学術理事が厳正、中立に審査し、200万円1名、100万円1名、40歳以下の若手研究者にライオンズ賞として100万円を助成している。RPの治療法の研究は大変難しく、1、2名のエキスパートによってなされるものではない。多くの研究者の努力と挫折の上に達成されるものである。特に若手の研究者にとっては、100万円の助成は大変ありがたい。一人でも多くの研究者を増やし、研究のすそ野を広げるための研究助成であることをご理解いただきたい。
 2014年には、JRPS設立20周年を記念し、この年に日本で開催された国際眼科学会にあわせ、国際フォーラムを開催した。RIのファッサー会長と世界トップクラスの多彩な研究者に講演していただいた。国際眼科学会の事務局のご理解をいただき、約500名の患者さんも参加し、大変盛況だった。
 政府には、ロービジョンケアを一般の病院にも広めるための診療請求の改定、ヒト幹細胞の研究や薬の開発促進の働きかけをしている。ロービジョンケアの診療請求改定は日本眼科学会でも最優先で要望しているところである。
●網膜色素変性と治療法研究
RPは遺伝子異常から発症する。数え方により、その個数は90とも250ともいわれている。未発見のものもあり、日々新しい原因遺伝子が発見されている。ほとんどの病気は一つの病気に対し、原因遺伝子は一つであるが、RPは原因となる遺伝子異常が多数ある。これが治療法開発を困難にしている。
網膜で光を感じる細胞には、網膜の周辺部にあり、視野を司り、暗いところで働く杆体と、網膜の真ん中で視力を司る錐体の2種類がある。RPの遺伝子異常は杆体細胞にあるので、症状は夜盲や視野障害から始まる。錐体には遺伝子異常が見られないため、視力は保たれることが多い。錐体と杆体はきちんと住み分けができているわけではなく、混在している。杆体は比較的細胞が大きいため、錐体を支えている部分がある。そこで、杆体が死滅していくと、錐体も剥がれ落ちるようになくなっていく。よって、治療の戦略として、変性を杆体までで止めようとする方法が考えられる。
●診断技術の進歩と合併症の治療
 我々が今まで使ってきた診断技術(視力、視野、眼底検査など)では、患者さんの自覚症状の微妙な変化を捉えることができなかった。最近は、網膜がどれだけ光を感じることができるかという網膜感度を数値化できるようになった。
山梨大学の飯島先生の調査によると、視力が0.1以下になるのは、RP患者の5分の1以下であり、半数以上が0.7を保持するという。が、網膜感度は発症から年齢とともに確実に下がっていくことがわかった。
 また、OCTという機械で網膜の断面が調べられるようになり、どの部分がどこまで変性しているのか、ミリ単位ではっきりとわかるようになった。
このような検査はどこの病院でもできるというものではないが、病気の進行と患者さんの自覚症状を正確にとらえられるようになった。
 また、RPに多い黄斑病変の合併の診断が、OCTによって、確実にできるようになった。一番多いのは黄斑にむくみがでる黄斑浮腫である。その他、黄斑に幕が張る黄斑上膜、黄斑牽引、黄斑に穴があく黄斑円孔などの合併症が起きることがある。これはRP患者の網膜がかなり傷んでいたり、網膜を取り巻く環境が変化することによって、引き起こされる。これらの病気は一般的には手術の対象となることが多いが、RPの患者の場合は網膜のダメージが大きいために手術は難しい。手術をするかどうかは慎重に判断しなければならない。
RPの合併症の手術として一番多いのは、白内障である。手術をする場合は、RPの白内障手術の経験があり、術後の視力の予測も正確にできる病院を選んだ方がよい。RPの患者さんには、網膜以外にも異常がみとめられることがあるので、手術中、手術後の合併症が少なくない。
 千葉大で行なった白内障の手術の前後3か月を比較すると、80%の方の視力がよくなり、20%の方は視力が変わらなかった。悪くなったという患者はいない。白内障の手術によって、RPの症状が進むという心配は全くない。片目だけ白内障の手術をした人の両目の視野を、6・7・9・11年後で比較したところ、進行具合に差はなかった。
 白内障の手術の予後についても、OCTによって、確実に診断できるようになった。網膜の状態が良く、視力が0.3の人は手術後1.0ほどの視力が出る。網膜の状態がそれほど良くないが、視力が0.2〜0.3くらい出る人は手術後0.6ほどの視力が出る。視細胞がほとんど残っていない状態で視力も0.09という人は手術後の視力は0.13という結果だった。中心部まで変性が及んでしまった方は手術しない方がよいかどうか、判断が難しいところである。また、上記の結果は視力検査の結果であって、薄暗くコントラストのはっきりしないことの多い日常では、手術による改善幅は小さくなる。
●治療法研究の考え方
研究の戦略を立てるときには、病気がどうして起こるのかという流れを考えなければならない。
RPは遺伝子の異常で発症する。遺伝とは親がもつ膨大な数の遺伝子のコピーが子にいくものである。コピーの途中で、遺伝子に異常が起こったり、遺伝子が抜けてしまったり、順番が入れ違うということが起こる。これはある一定の確率で起こり得る。それが家系の中で受け継がれ、優性遺伝や劣性遺伝となることもある。遺伝子の異常が重要な部分で起こったときに病気が発症する。
遺伝子とはタンパク質の設計図であり、タンパク質は細胞の働きに大変重要な役割を果たす。よって、遺伝子異常により、杆体細胞の異常が起こり、錐体細胞までやられ、視細胞全体が変性する。遺伝子の異常を治療しようとするのが、遺伝子治療である。タンパク質の異常から視細胞の変性が起こるところを止めようとするのが神経保護の考え方である。
そして、網膜全体が変性してしまった時に、建て直そうとするのが、人工網膜や再生医療である。
●治療法の研究@ 遺伝子治療
レーベル先天盲やコロイデレミアというRPの病気では、遺伝子治療でよい結果が出ている。ただし、この二つの病気は原因遺伝子がわかっているので、治療が可能であるが、患者数は少ない。200以上もあるといわれる原因遺伝子のそれぞれについて、治療法を確立するのは、膨大な手数と時間がかかる。
●治療法の研究A 千葉大で行っていたウノプロストン(レスキュラ)の臨床試験
この薬の原理は血管を太くして、血流を増やしたり、神経細胞の死滅を抑えようとするものである。基礎実験では、その効果が証明された。千葉大で、6か月、この薬を付け続けた人の約半数が、視力は上がらなくとも、網膜感度が上がった。
そこで、全国の100人の患者さんを対象に、濃度を0.12%から0.15%に上げたウノプロストンを使って、6か月の臨床試験を行った。明らかに、プラセボ(偽薬)をつけた集団に対し、ウノプロストンをつけた集団に改善が見られた。そこで日本で医薬品を承認する厚労省の外郭団体PMDAに承認を求めた。が、PMDAから「この薬は患者が一生つけ続けるものであるから、長期の臨床試験が必要である」との指摘を受けた。
よって、さらに、200名の患者に対し、1年間、同様の臨床試験を行った。このときはJRPSを通じてお知らせし、200名の患者が3か月ほどで集まり、患者さんの熱意を感じた。ウノプロストンをつけた人は、4か月までは前回同様の推移を見せたが、6か月を過ぎた頃から悪化し始め、最終的にはプラセボをつけていた人と変わらなくなった。これは私たちにも驚きであった。
ただし、変性が初期の患者さんには効果があることがわかった。そこで、初期の患者だけを対象に臨床試験を考えたが、製薬会社の資金の調達ができず、中断している状況である。
●治療法の研究B 人工網膜
アメリカではすでに商品化されている。全盲の方が0.016くらい見えるようになった。価格は1千万円以上。50人以上の患者さんが使用している。
ドイツではさらに高性能の人工網膜が作られている。0.02ほどの視力が出、大きな文字であれば判読も可能とのことだ。
日本では大阪大学の不二門先生が開発を進めている。数例の試験が行われた段階で、その先の準備を進めている。欧米のものに比べ、解像度は落ちるが、安全性が高い。欧米のものは直接、網膜に触れているのに対し、不二門先生のものは網脈膜を隔てているので、電極に不具合が生じたときに取り代えることができる。
●治療法の研究C 再生医療
iPS細胞(人工多能性幹細胞)は皮膚や血液の細胞に、遺伝子操作をすることにより、どのような細胞にもなれるようにしたものである。このような性質をもつ細胞には受精卵から作られるES細胞がある。が、ES細胞には倫理的問題があるため、アメリカでは、使用が禁止されていた。その問題を解決したのが、iPS細胞である。
 現在、神戸理研の高橋政代先生のところで行われているのが、iPS細胞を網膜色素上皮細胞に変化させ、加齢黄斑変性症の治療に使うという臨床試験である。今のところ、不具合は起きていない。加齢黄斑変性には、ほとんど遺伝的条件はかかわっていない。
次に行うのは、iPS細胞を視細胞に変化させ、RPの治療に使うこと。iPS細胞から視細胞はすでにできている。RP患者本人のiPS細胞から視細胞を作って移植しても、またRPが現れてくるので、将来的には、拒絶反応を起こしにくい人のiPS細胞から視細胞を作成し、RP患者に移植しようと研究が進められている。
大きな問題は視細胞で光から変わった信号が神経系のネットワークを通じて脳に伝えることができるかどうかである。そのためには、移植した細胞が神経系の細胞と手を組む必要がある。20年前、私が世界初の網膜移植研究に取り組んでいた時には、視細胞は定着しても神経系のネットワークとつながることはなかった。現在では、変性があまり進んでいない状態のところでは神経ネットワークがつながることがわかった。
視細胞が正常に働いているところに、新しい細胞を移植するのはリスクが高すぎるので、そこから少し離れたところに移植することになるだろう。また、そんなに多くの細胞を移植することはできない。よって、現段階では、現在見えているところの周辺で、光を感じる部分が少し広がる程度かもしれない。
iPS細胞も万能なものではなく、乗り越えなければならないハードルも多いが、今後に期待したい。
●治療法の研究D 千葉大での新しい試み
 現在、千葉大では新しい医療機器の開発を進めている。
眼球に微弱な電流を流すと、疑似光覚が認識され、網膜の神経細胞から神経細胞不活化因子が放出されて、一時的に網膜の働きが良くなることが知られている。すでに、大阪大学やドイツでも行われている。RPの患者さんでは網膜感度が上がったり、視野が拡大したという報告がある。が、特殊な装置を必要とし、効果は2週間ほどしか続かない。
そこで、千葉大では家庭で簡便にできる装置の開発を進めている。近々、臨床研究を始める予定である。
治療法の研究は山あり谷ありであるが、ネバーギブアップの精神で皆さんと一緒に取り組んでいきたい。

Q.網膜浮腫の目薬について教えてほしい。
A.「トルソプト」という。飲み薬(ダイアモックス)もあるが、しびれることがある。含まれる成分も効果は同じ。半数の患者に効果がある。ただし、保険適応外。

Q.ある程度、変性が進行してしまった患者には、現段階では網膜再生治療の効果は期待できないということか?
A.今の段階でどのように臨床試験が行われるのか予測するのは早い。どれくらい見えるようになるかはやってみないとわからない。

Q.杆体細胞を作る研究は行われているのか?
A.杆体細胞も錐体細胞もiPS細胞から作成されている。
 今後、iPS細胞に期待されることの一つは、薬の研究に役立てることである。
神経保護の薬などを患者さんに投与して効果を調べるには時間もかかるし、大きな変化をみることは難しい。iPS細胞から作成したRPの視細胞に直接薬を振り掛けて、その効果を見ることに今後期待ができる。

Q.千葉大の電気刺激装置に期待したいが?
A.少数の患者さんに行った試験では、良い効果が得られた。千葉大で、安全性とともに効果を調べた上で、他の施設にも協力をしていただいて、臨床試験をしたいと考えている。医療現場に届けるという狙いを定めて、スタートしたばかりのところである。
文責 渡辺 友資枝



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