会員の声
私の人生いろいろ
福山市 K
昭和43年3月1日 高校の卒業式の翌日3月2日、銀行マンとして学生服姿で社会人スタート。 6つの支店で勤務。
48歳の時、特定疾患 網膜色素変性症の発病で失明、全盲となりました。
将来の不安で悩み、どん底の状態の半年間でしたが、決意新たに、第二の人生、鍼灸マッサージ師を目指して、寮生活の中で3年間猛勉強をして、2001年3月、3つの国家試験を、ストレートで合格して半年後、治療院開院しました。
音声のソフトを利用して、パソコンのキーボードを頭に置いて、独学で操作を習得しました。
数々の商品が開発され、便利よく愛用するとともに感謝しております。私にとって情報収集は耳からです。
コミュニティーラジオ エフエム福山のヘビーリスナーとして、地元福山の情報を耳にするとともに、福山大大ファンとなりました。
100万本のバラの街 福山。20年前から3本のバラオーナーです。福山ばら祭りのメイン会場である緑町公園のローズヒル花壇には5000本のバラがあります。
そのうち3本は私のバラなのです。それぞれのプレートには、私の名前、ばらの名称が書かれております。
5年ごとの植え替えであり、今年の秋が植え替えとなり、新たに薔薇のオーナーの申し込みとなります。どうぞ申し込みくださいませ。
市外、県外の方でも申込み可能です。
福山の文化、歴史動向などが出題される 福山知っとる検定 が2008年にスタート。
私は第2回2009年3級へ初挑戦して合格。翌年から2級へ挑戦。3度目の挑戦で2012年、やっと、2級へ合格しました。
私は、全盲であるため、別室での受験、監督から読んでもらい、私が、口頭で応えます。3級は4択なるも、2級は、記述もあります。ハンディの多い中、がんばりました。
視覚障害者での受験合格は、私が第1号なのです。
残念ですが、「福山知っとる検定」は、第10回2017年で終了しました。
そして、福山城築城400年クラウドファンディング寄付協力しました。2022年2月には、二日間にわたり、鉄板の裏へメッセージを書くイベントへ招待していただき、妹と出かけて、妹が代筆しました。
メッセージは「福山大ファン わがまちのシンボル福山城 福山の誇りです。(名前)」と書きました。
1枚の鉄板は、11.4センチ× 130センチ余りです。敵からの攻撃を防ぐため、天守の北側を2000枚の鉄板張りで復元されました。
天守5階には、私の名前が刻んであります。今回、階段が広く、エレベーターが設置されました。車椅子の方でも入館でき楽しんでいただけます。
そして、2025年5月18日より24日まで第20回世界バラ会議 福山大会が開催されます。
世界20カ国から700名の皆様が福山へ集います。私は、応援宣言の申請をして、登録証とピンバッチが届きました。
白衣の胸にピンバッチをつけて、応援、鍼灸マッサージ師として仕事に頑張っております。
ローズマインド「思いやり 優しさ 助け合いの心」で皆様をお迎え、大盛会を願っております。
アジアでは、2006年の大阪大会についでの福山大会なのです。
また、10年前、2014年8月20日の広島土砂災害においては、9月6日、広島の梅林小学校体育館へ福山からでかけて、避難されておられる皆様方の心と体を癒して差し上げました。
治療院開院して早いもので24年となりました。
年中無休 臨機応変に。開院以降全く値上げはしておりません。喜んでいただくことが唯一の生きがいなのです。
現在75歳。あと10年を目標に頑張るのみです。私には、「心の目」があります。生かされておることに感謝しながら、社会貢献できる喜びを生きがいに、前向きにがんばります。