研究推進委員会(Wings)通信(第9回)
■Wings研究者インタビュー 第8回
大阪大学不二門先生に聞く
~阪大方式人工網膜と経角膜電気刺激治療~
大阪大学大学院 医学系研究科感覚機能形成学教室に、不二門 尚先生を訪ね、阪大方式人工網膜の実用化の見通しと、あわせて同じ教室で行なわれている経角膜電気刺激治療の研究についてお聞きしました。
問:阪大方式人工網膜は正式には脈絡膜上経網膜電気刺激方式人工視覚システムという長い名前がついています。どのようなものか、簡単にご説明いただけますでしょうか。
答:メガネフレームに付けた小型CCDカメラの画像データを電気信号に変えます。これを眼球の強膜部分に埋め込んだ49極のプラチナ電極に送り、そこから生き残っている網膜神経節細胞に情報を伝えます。アメリカやドイツで開発されている人工網膜は電極を網膜に直接接触させるので安全性と安定性に課題が残ります。これらに比べ、われわれの方式は網膜を傷つけるおそれが少ないといえます。
問:臨床研究の成果が論文として発表されたとお聞きしました。どのような結果が得られたのでしょうか。
答:両眼とも手動弁以下の患者さんを対象として、2014年から臨床研究を行ないました。具体的には、デバイスのスイッチをオンにしたときとオフにしたときの見え方を比較しました。成績のよかった人はスクリーンの上に投影した四角形の指標を指で正しく触ることができ、はしと茶碗の区別、白線に沿っての歩行ができました。コントラストを調整すればランドルト環の試験で0.004相当の視力が出ました。
問:電極の数を49以上に増やして分解能を上げることは可能ですか。
答:電極数を増やしても生き残っている神経節細胞が少ないと分解能は上がりません。むしろ、網膜の中心窩周辺に複数デバイスを置いて、視野を広げることを考えています。
問:日本医療研究開発機構AMEDの支援で医師主導治験の計画があるとお聞きしました。
答:治験では臨床研究の改良型のデバイスを使う予定です。炎症の起きにくい構造に換え、またIC回路を改良しました。デバイスを構成しているシリコン、メタルなどを動物の体内に埋め込んだり、培養細胞の上に載せたりして、長期的に安全かどうかの試験をしました。材料としての安全性はほぼ証明されました。ただ完成形のデバイスの前臨床試験がまだ残っています。治験開始は2017年度末くらいになる見込みです。
問:被験者の条件と募集人数、また実施施設は決まっていますか。
答:大阪大と愛知医科大、杏林大で実施の予定です。両眼が手動弁以下のRPの患者さん6人に参加していただきます。視細胞は脱落しても神経節細胞は残っていることが条件になります。これはコンタクトレンズ型電極に1.5ミリアンペア以下の電流を流して、光を感じることで確認します。
問:医師主導治験終了後はどうなりますか。
答:薬事承認(製造販売承認)が得られても、保険収載まで時間がかかるので、すぐには安価で使えるようにはなりません。移行期は「先進医療」という制度を利用することが考えられます。ただ、この場合装置の費用負担は患者さんになってしまいます。
問:2012年に先生の教室の森本壮先生が経角膜電気刺激治療の研究でJRPS研究助成を受賞されました。これまでの研究成果を教えていただけますか。
答:経角膜電気刺激治療は、コンタクトレンズ型電極から角膜を経由して、網膜に微弱な電流を流す治療法です。森本先生を中心に臨床研究が行われ、2015年の日本眼科学会で結果を発表しました。ハンフリー視野計の中心4点の視野感度で評価したところ、刺激眼と無刺激眼の両眼の比較で有効性が示されました。毎月1回の電気刺激で視野感度の低下が異なるのです。ただ1年を過ぎると、その差は小さくなるようです。
問:刺激装置の認可に向けて、治験の予定はありますか。
答:経角膜電気刺激治療の治験では、被験者を、電流を流す人と流さない人に無作為に分けてデータを比較することになると思います。何のメリットもない対照群に振り分けられるかもしれない試験に患者さんが参加するかどうか分かりません。ランダム化比較試験を回避するため、電流値を変える試験や左右の眼を比較する試験を考えましたが、PMDAは認めないだろうと判断しました。そこで前述の先進医療制度での試験を検討しています。
問:自分に利益がない可能性があっても、治療法開発のために役に立ちたいと考えている患者も多くいると思います。JRPSの会員の間でも意見交換していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。