(公益財団法人日本眼科学会専門医認定事業)
日 時:2015年11月1日(日)13:00~15:00
会 場:高知プリンスホテル ダイヤモンド・ホール
(高知県高知市南宝永町4番2号)
主 催:一般社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS)
特定非営利活動法人 網膜変性研究基金(もうまく基金)
後 援:厚生労働省 高知県 高知市 公益社団法人 日本眼科医会
高知県眼科医会 愛媛県眼科医会 香川県眼科医会 徳島県眼科医会
広島県眼科医会 岡山県眼科医会 NHK高知放送局 高知新聞社
RKC高知放送 NPO法人 高知県難病団体連絡協議会
コーディネーター:山本 修一(千葉大学)
事務局:一般社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS)
〒140-0013 東京都品川区南大井2-7-9 アミューズKビル4F
TEL:03-5753-5156
【プログラム】
(1)開会
(2) 講演
13:00~
遺伝子から見た網膜色素変性
村上 晶(順天堂大学)
13:30~
神経保護による長生き戦略
山本 修一(千葉大学)
14:00~
iPS細胞を用いた網膜の再生医療
万代 道子(理化学研究所)
14:30~
人工網膜の現状
不二門 尚(大阪大学)
(3)閉会
講演要旨
遺伝子からみた網膜色素変性
順天堂大学大学院医学研究科眼科学講座 村上 晶
網膜色素変性は遺伝的な多様性をもつ疾患である。近年の解析では変異をもつ遺伝子が50種類以上の発症と関連付けられている。個々の遺伝子の変化は限られた症例にのみ関連づけられるのみで、網膜色素変性の遺伝学的解析の大きな課題となっている。他の遺伝性網膜疾患と他臓器疾患や全身性疾患に合併する網膜変性を加えると少なくとも170種類の遺伝子において疾患と関連づけられる変異が同定されているが3分の1近くの原因遺伝子となるものは同定されていないという推定されている。網膜変性をきたす疾患の遺伝学的解析には、既知の遺伝子内の変化を明らかにするとともに未知の遺伝子とその中での変異を同定することが求められる。この数年で少数の疾患が対象ではあるが遺伝子補充療法が可能となり、一部は良好な成績を示している。患者さんの皮膚や血液の細胞からiPS 細胞を作製して、病態を解明し、そのメカニズムに基づいた治療を行う道筋もついてきた。
今後、遺伝学的検査を行うことの重要性は飛躍的に増してくることは疑いがない。
そのなかで、解析手段も、従来、広く用いられていきた、サンガー法を応用して自動シークエンシングにかわり、次世代シークエンシングが普及しつつある。遺伝子の解析が高速に、かつ、かつてにくらべれば安価に行うことが可能になったことは大きな意義がある。これまでは、労力と費用の面から限られて遺伝子の、しかもエクソンとその近傍のみの解析しか行えなかったものが、多数の候補遺伝子について、一度にエクソンの解析を行う解析が短時間で可能になり、さらに候補遺伝子内のイントロンの変化やプロモーター領域の解析を徹底して行い、遺伝子発現の影響のある変化を検討することも行われている。さらに解析精度を上げることで、かつては見逃されやすかった、大きな遺伝子の欠損やコピー数の変化なども検査することも可能になった。既知の遺伝子での変化が見つからないものは、全エクソン解析や全ゲノム解析を行って、未知の原因遺伝子変化を探索する研究も、精力的に進められている。
本講演では、我々、眼科医療に携わるものが理解しておきたい網膜色素変性の遺伝子関連研究を概説するとともに、急速にすすむ遺伝子研究の進歩の成果の受け皿を、医療のなかでどう準備していったらいいかを皆様と一緒に考えたい。
村上 晶( Akira Murakami )
1981年 順天堂大学医学部卒業
1981年 順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科 臨床研修医
1982年 順天堂大学医学部眼科 助手
1984年 日赤医療センター 眼科医員
1986年 国立精神神経センター神経研究所 流動研究員
1988年 米国National Eye Institute 留学
1989年 マイアミ大学医学部眼科 留学
1992年 防衛医科大学校眼科 講師
2000年 順天堂大学医学部眼科 講師
2003年 順天堂大学大学院医学研究科 眼科学講座教授(医学部教授併任)
現在に至る
講演要旨
神経保護による長生き戦略
千葉大学大学院医学研究院眼科学 山本 修一
定型網膜色素変性(RP)は、杆体の遺伝子異常が原因となって夜盲と視野狭窄が進行し、最終的には遺伝子異常のない錐体も変性して視力低下を来す。遺伝子異常があると、その遺伝子がコードするたんぱく質の異常が生じ、そのたんぱく質を使う細胞が変性に陥る。神経保護治療は、このような遺伝子異常による細胞の変性や、錐体細胞の変性を阻止あるいは遅くしようとする治療法である。
これまでにサプリメントではビタミンA、ドコサヘキサエン酸、ルテインがRPの進行を遅くすると報告されたが、RPにおけるサプリメントの効果は証明されておらず、過剰な服用は避けるべきである。
イソプロピル・ウノプロストンは、1994年に本邦で0.12%点眼液(0.12%レスキュラÒ点眼液)として承認され、眼圧下降作用に加え、網脈絡膜循環改善作用を有し、緑内障を対象に使用されている。BK-channel活性化作用によりアポトーシスを抑制し、またエンドセリンにより収縮した血管平滑筋を弛緩させることにより網脈絡膜の血流を増加させ、視細胞保護効果を示すと考えられている。千葉大学でパイロットスタディに引き続いて、網膜色素変性患者109例を対象に第2相臨床試験が行われ、ウノプロストン点眼による用量依存性の網膜感度改善効果が確認された。2013年から開始された国内多施設における第3相臨床試験では、52週の経過観察期間において、UF-021点眼群で主要評価項目であるハンフリー視野の網膜感度の有意な改善が認められたものの、プラセボ群との比較では有意差がみられなかったため、本試験の中止に至った。現在、層別解析が試みられており、追加試験も検討されている。
毛様神経栄養因子(CNTF)はニワトリの毛様神経節細胞から分離された神経栄養因子であり、これまで13種類の原因遺伝子の異なる網膜変性モデル動物でその効果が確認されている。2004年から米国で臨床試験が行われ、網膜色素変性患者を対象として、遺伝子操作によりCNTFを安定かつ持続的に産生する細胞を特殊なカプセルに封入し、経強膜的に眼内に6か月間埋植し、10例中3例で視力の改善が確認された。第2相臨床試験では、網膜色素変性の初期、晩期の病期の患者ごとに、それぞれCNTF低用量群と高用量群のグループに分けてカプセルを眼内に12か月間埋植し、視力および網膜感度を評価した。12か月の時点で、低用量群では網膜感度の低下を認めなかったが、高用量群では網膜感度の低下を認めた。しかし、カプセルを除去した後は、網膜感度の低下はみられなくなった。第2相臨床試験の結果では、CNTF治療を受けた眼では視力および錐体細胞密度の維持がみられ、現在、第3相臨床試験が進行中である。
色素上皮由来因子(PEDF)は網膜色素上皮から産生される神経栄養因子のひとつであり、網膜変性モデル動物や光傷害モデル動物などにおいて神経保護効果が証明されている。このPEDF遺伝子をレンチウイルスベクターに組み込んで網膜下に投与する臨床試験が九州大学で進行中である。
ニルバジピンはカルシウム拮抗薬であり、主に内科領域で高血圧症の治療に用いられている。アポトーシスの初期段階には細胞内のカルシウム濃度が高まり、その結果としてアポトーシスが引き起こされる。ニルバジピンは、細胞内のカルシウム濃度を抑えることにより視細胞保護を示し、網膜変性モデルマウスにおいて進行を抑制する報告がされている。
ドナリエラÒは、9-シス‐レチナールの前駆体である9-シス‐β-カロチンを含有するサプリメントの一種である。経口摂取により体内に取り込まれると肝臓で9-シス‐レチナールになり、レチノイドサイクルに作用する。RP患者を対象として、ドナリエラÒの3か月間の摂取により、視力、網膜感度、ERGの有意な改善が報告されたが、我が国で行った臨床試験では効果はみられなかった。
現在、RPに対する薬物治療の研究は世界各国で進行しており、その有効性が証明され、臨床の現場で用いられる日もそう遠くない。
山本 修一( Shuichi Yamamoto )
1983年 千葉大学医学部 卒業
1991年 米国コロンビア大学眼研究所 研究員
1994年 富山医科薬科大学眼科 助教授
2001年 東邦大学佐倉病院眼科 教授
2003年 千葉大学大学院医学研究院眼科学 教授
2014年 千葉大学病院 病院長
現在に至る
講演要旨
iPS細胞を用いた網膜の再生医療
理化学研究所 発生再生科学総合研究センター 網膜再生医療研究プロジェクト 副プロジェクトリーダー 万代 道子
昨年我々はiPS由来網膜色素上皮細胞を用いて加齢黄斑変性に対する臨床試験第一例目を実施しました。現在までの経過は良好ですが、この一例を通して実施にいたるまで、学ぶことも多く、その経験をお話ししたいと思います。また、網膜色素上皮の移植に関しては今後の方向性や課題についてもお話しします。
一方で、私たちは、次の課題として、網膜変性疾患、最初は網膜色素変性に対する視細胞の移植治療というプロジェクトにも取り組んでいます。網膜色素変性では視細胞が選択的に徐々に失われますが、現在まだ確立した治療法はないものの、進行を遅くするための保護因子の投与や、遺伝子治療、末期においては人工網膜、視物質やチャネル関連因子の導入や投与による残存細胞での光応答性の回復といった新しい治療開発に対する研究が国内外で進められています。
その中で、視細胞の移植に関しては近年突破口となるような報告が相次いで、期待も大きくなっています。2006年に、イギリスのグループは、生後3−7日の若い視細胞をマウス成体網膜に移植すると、形態的に非常にきれいに生着する事を示し、2012年には同じグループが、視細胞の構造は保たれているけれども桿体細胞は機能していないようなモデルマウスに桿体細胞を移植し、暗所での視機能が獲得できる事を示しました。さらに、同じく2012年、日本の研究者が、マウスES細胞から立体的に網膜組織を分化誘導できる事を報告し、続いて中野らは、ヒトのES細胞からも同様の組織を分化できる事が示されました。これらの培養方法を使うと、胎生期、生後の任意の発生段階の網膜組織を十分量、移植用に用意することができるようになり、視細胞の移植治療が現実的なものとなりました。
臨床での最初の移植治療の適応を考えると、光のわからないような末期症例での光の回復、あるいは真ん中だけ視野の残った人の、そのまわりの視細胞の失われた部分への移植による視野の改善、といったことになると思われます。このような適応では、これまでマウスで報告されたような「視細胞構造の保たれた網膜」への移植ではなく、変性の進行した、視細胞のほとんど残存していない網膜、が対象となります。このような視細胞層の失われた末期変性網膜に対して、視細胞をばらばらの状態で移植してもなかなか構造的な成熟が得られなかったり長期の生着が得られなかったりしたことから、私達は、立体分化培養で得られた網膜組織の移植を試みました。ES/iPS細胞から分化した網膜は再現よく網膜組織に分化し、移植後、末期変性網膜下でも構造を保ちながら成熟し、視細胞層を形成しながら、非常に高度な分化状態であることを示唆する内節/外節の構造まで形成することを観察しました。また、外節構造やグラフト内のシナプスは電子顕微鏡観察においても、生体内で発生してくる網膜とほぼ遜色ない性質をもつことが示唆されました。
更に、胎生17日令相当より若い分化段階の網膜分化組織を移植すると、より本来の網膜に近い構造で視細胞の生着が観察され、一部で視細胞がホストの従来のシナプス形成相手である双極細胞とシナプスを形成していることを示唆する所見も得られました。これらの移植片は移植後光への反応も示し、現在そのシグナルがホストに伝わっているかどうかを電気生理や行動解析によって調べています。
ヒトES細胞やiPS細胞からも同様に網膜様組織を立体的に分化誘導できることが分かってきました。これらを免疫不全動物の網膜下に移植すると、マウスの分化組織と同じように、視細胞の層構造を形成しながら分化成熟する事も確認しています。さらに臨床応用を念頭に、霊長類でのモデルも作成し、移植後移植片が成熟、生着することも確認しました。今後、さらに詳細に移植後の視機能について評価を進めるとともに、より効果的な機能につながるような移植条件について検討していく予定です。
万代 道子( Michiko Mandai )
1988年 京都大学卒業
1994年 京都大学医学部大学院博士課程修了
1994年 京都大学眼科学教室 助手
2000年 米国NIH研究所 留学
2002年 京都大学病院探索医療センター 助手
2006年 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター 研究員
2013年 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究プロジェクト 副プロジェクトリーダー
現在に至る
講演要旨
人工網膜の現状
大阪大学大学院医学系研究科 不二門 尚
人工網膜は、視細胞が失われた網膜を、電気で刺激して、視覚を回復させる方法です。具体的にはCCDカメラを使って得られた画像をコンピューターで処理し、網膜を電極で刺激して、人工的な光を認識できるようにします。私達の方法は、脈絡膜上経網膜電気刺激方式(Suprachoroidal Transretinal Stimulation STS方式)と名前がついていますが、電極を強膜内に置く独自の方法を採っています。これは電極の固定がとても良く、安全性と安定性の面でもリスクを軽減できるというのが大きなメリットであり、実現性も高い方式だと考えています。また今後期待の大きい再生医療に関しても、STS人工網膜は網膜に接触しないので、人工網膜を埋めてからでも行えるのがメリットです。当面は、網膜色素変性で視野障害1級の人を対象としますが、次世代機では2級で視野の残っている人にも対象を広げていきたいと思っています。STS人工網膜は、年齢は40歳から75歳で、コンタクトレンズ型電極に1.5ミリアンペア―以下の電流をながして、光を感じる人に適合されます。アメリカ、ドイツは一歩進んでいてオーストラリアが日本に迫ってきています。先行グループは「安定性」や「安全性」が必ずしも十分ではなく、日本発のSTS法もこれから十分キャッチアップできると考えています。電極は49極なので、分解能はあまり高くありませんが、STS法は複数枚の電極板を入れることが可能なので、視野を拡大して歩行を助けるのに役立てる可能性があります。再生医療との棲み分けですが、人工網膜は電流で離れたところから網膜の神経を刺激できるので、失明して10年経過して、網膜が瘢痕組織に覆われていても光を回復できますが、再生医療は現状では瘢痕組織が生じていない、失明してあまり時間が経っていない患者さんが対象になると思われます。我々のグループは49極のSTS人工網膜の慢性臨床研究(1年)を行っているところです。1例目の患者さんは、電気で刺激しているうちに、人工網膜の電源を入れなくても見え方が良くなりました。3例目の患者さんは、人工網膜を使うと、物がある場所がはっきり分かり、つまみを回して、コントラストを調節すると、区別するのが難しかった、ご飯とカレーのルーを区別することができるようになりました。このように、人工網膜は、実用化に向けて「リハビリテーション」が重要な段階に来ています。患者さんの意見を取り入れて、コンピューターシステムを進化させ、それに応じてリハビリテーションのプログラムを開発することが、人工網膜を日常生活に役立つようにするためには必須のことになっています。患者さんは共同研究者です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
不二門 尚( Takashi Fujikado )
1982年 大阪大学医学部卒
1992年 大阪大学医学部眼科 助手
1996年 大阪大学医学部眼科 講師
1998 年 大阪大学医学部・器官機能形成学教授(眼科兼担)
2001 年 大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学教授(眼科兼担)
2001年より人工網膜の開発をNIDEK社と共同で行っている。