(日本眼科学会専門医認定事業)
日 時:2016年10月2日(日)13:00 ~ 15:00
会 場:伊勢市観光文化会館(三重県伊勢市岩淵1丁目13-15)
主 催:公益社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS)
後 援:厚生労働省 三重県 伊勢市
公益社団法人 日本眼科医会 愛知県眼科医会
富山県眼科医会 福井県眼科医会 三重県眼科医会
社会福祉法人 三重県社会福祉協議会 社会福祉法人 伊勢市社会福祉協議会
社会福祉法人 三重県視覚障害者協会 三重県ボランティア連絡協議会
社会福祉法人 中日新聞社会事業団
NHK津放送局 三重テレビ放送 三重エフエム放送 株式会社中日新聞社
伊勢ロータリークラブ 伊勢ライオンズクラブ
オーガナイザー:山本 修一(千葉大学) 近藤 峰生(三重大学)
事務局:公益社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS)
〒140-0013 東京都品川区南大井2-7-9 アミューズKビル4F
【プログラム】
(1)開会
(2) 講演
13:00~
網膜色素変性の遺伝子異常と遺伝子解析について
林 孝彰(東京慈恵会医科大学)
13:30~
網膜色素変性の治療の歴史 ―神経栄養因子と遺伝子治療を中心に―
町田 繁樹(獨協医科大学)
14:00~
人工網膜の実用化に向けての現状
不二門 尚(大阪大学)
14:30~
再生医療とロービジョンケア
平見 恭彦(先端医療センター)
(3)閉会
講演要旨
網膜色素変性の遺伝子異常と遺伝子解析について
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター 眼科 林 孝彰
近年、網膜色素変性の病態解明・治療に関する研究が進んできており、様々なことが判明している。まず治療へのアプローチとして、神経保護、遺伝子治療、再生医療、人工網膜などが考えられ実際に施行されている。この中で遺伝子治療へのアプローチとしては、大きく以下の2つに分かれる。
①アポトーシスや酸化ストレスによる視細胞変性には共通のプロセスがあり、これを予防するための原因遺伝子非依存的治療
②アデノ随伴ウィルス(AAV2)ベクターを用いた遺伝子補充療法で原因遺伝子依存的治療
現在の遺伝子治療としては、後者の遺伝子補充療法が主流となっている。このことから網膜色素変性やその類縁疾患に対する原因遺伝子の特定は、重要かつ有意義な研究であることが理解できる。このように、遺伝子補充療法は、常染色体劣性遺伝もしくはX連鎖劣性遺伝形式をとり、原因遺伝子が特定されていることが前提条件の治療であるため、個々の患者さんの原因遺伝子が同定される必要がある。なかなか普及しにくい要素を含んでいるが、下記の疾患ではすでに論文として報告されている。
①レーバー先天盲(常染色体劣性) RPE65遺伝子補充療法 (NEJM2008, NEJM2008, NEJM2015, NEJM2015)
②コロイデレミア(X連鎖遺伝) CHM遺伝子補充療法(Lancet2014, NEJM2016)
③常染色体劣性網膜色素変性 MERTK遺伝子補充療法(Hum Genet2016)
しかしながら現状として、遺伝子解析により原因を特定することは必ずしも容易でない。その理由として、原因遺伝子が多岐にわたるためである。2016年5月現在、網膜色素変性の各遺伝形式での原因遺伝子数は、常染色体優性遺伝で22遺伝子、常染色体劣性伝で36遺伝子、X連鎖劣性遺伝で2遺伝子となっており、合計60遺伝子が特定されている。従来の1つ1つの遺伝子を調べていく方法(Sanger法)では限界がある。そこで、現在では以下の4つの方法で解析されることが多い。
①例えば疾患別に50遺伝子のエクソン領域を予め解析できるプライマーペアを準備し、次世代シークエンサを用い一度に増幅・塩基配列を解析する方法(targeted resequencing)
②罹患者の両親が近親婚である場合、遺伝子変異をホモ接合で有することを予測し、マイクロアレイでホモ接合の領域を特定し、隣接する原因遺伝子を特定する方法(homozygosity mapping)
③次世代シークエンサを用い、すべての遺伝子のエクソン領域を増幅し、一度に塩基配列を決定し、データベースとの比較解析を行い、候補遺伝子異常にアプローチする方法(whole-exome sequencing)
④大きな欠失や重複など(genomic rearrangement)が予測される際に、特定の遺伝子に対する欠損部・増幅部をPCRとハイブリダイゼーション法で特定する方法(multiplex ligation-dependent probe amplification)
このなかで最近特に頻用されているのは①と③であろう。京都大学眼科・大石先生らの研究では、①の方法で解析した網膜色素変性患者の36.3%(115/317)で原因遺伝子が検出されたと報告している。多くの候補遺伝子を網羅的に解析しても60%以上で原因が見つからないことを意味しており、まだまだ研究道半ばといえる。また、最近では、患者さんから採取・抽出したDNAがあれば③は外注することも可能な時代になっている。このことからもインフォームドコンセント後に患者さんから戴いたDNAサンプルは私たち眼科医にとっては宝物なのである。
慈恵医大ではこれまで、患者さんとその家族を含め1000人以上の方からDNAを抽出してきました。本講演では、実際に患者さんとその両親から得られたDNAサンプルをもとに従来法だけでなく、③のwhole-exome sequencingや④の multiplex ligation-dependent probe amplification法で捉えた遺伝子解析結果と患者さんの臨床像について紹介したい。遺伝子解析研究は、多くの患者さんの協力なくしては円滑に進みません。今後も引き続き患者さんの協力を得ながら研究を続けたいと思います。
林 孝彰( Takaaki Hayashi )
1991年 東京慈恵会医科大学卒業
1998年 東京慈恵会医科大学大学院修了(眼科学)
1998年 米国州立ワシントン大学留学
2001年 東京慈恵会医科大学眼科学講座 助手
2003年 東京慈恵会医科大学眼科学講座 講師
2016年 東京慈恵会医科大学葛飾医療センター 眼科准教授
現在に至る
講演要旨
網膜色素変性の治療の歴史 ―神経栄養因子と遺伝子治療を中心に―
獨協医科大学越谷病院 眼科 町田 繁樹
網膜色素変性(RP)は先天性・進行性の不治の病と考えられてきた。しかし、動物実験レベルでは多くの治療成果が報告され、その一部は臨床症例に応用されている。今回は、その中でも神経栄養因子と遺伝子治療にフォーカスを絞り、今までの成果をreviewしてみる。
1.神経栄養因子
1990年にLaVailの研究グループが、遺伝性網膜変性モデルであるRCS(Royal College of Surgeons)ラットの硝子体内にbFGFを注入し、視細胞変性が抑制されたことを報告した。この論文はNatureに掲載され、いかに反響が大きかったかが伺える。それから四半世紀以上が過ぎて、動物実験から臨床試験へと時代は移り変わっている。
1) 動物実験での成果:bFGF以外の神経栄養因子にも同様の視細胞保護効果があることが判明した。その中で、CNTFが小動物からイヌなどの大動物の多くの遺伝性網膜変性モデルで効果を発揮し、安全で優れた神経栄養因子として注目された。しかし、神経栄養因子の効果は両刃の刃的な予想もできなかった副作用がつきまとうことが明らかとなってきた。安全と考えられていたCNTFでさえもロドプシンの発現を抑制し、視細胞を保護してもその機能を可逆的低下させることが報告された。
2) 動物モデルから臨床応用へ:動物実験で神経栄養因子の投与法はワンショットあるいは網膜色素上皮に遺伝子導入し持続的発現させたが、それぞれに欠点があった。ワンショットでは慢性・進行性のRPには対応できない。また、副作用の可能性を秘めた神経栄養因子を恒常的に発現させた場合は副作用が心配された。これらの問題を解決したのがEncapsulated cell-based technology (ECT)であ る。Sievingら(2006)はCNTFの遺伝子を導入し持続的にCNTFを産生する網膜色素上皮細胞を特殊なカプセルに入れて、RP症例の硝子体内に移植している。このカプセルは半透膜で覆われており、CNTFは硝子体内に放出されるが、免疫細胞がカプセル内に侵入することはない。数年間にわたって、一定濃度のCNTFを硝子体内に徐放することができる。持続的な投与もできるし、副作用が出た場合は抜去もできる。安全性が確認された後に、多施設臨床試験が行われた。
3) 臨床試験:残念ながら、視力および網膜感度は、ECT移植後24ヵ月で対象に比較して変化がなかった。高濃度CNTFを徐放するECTでは、網膜感度がむしろ低下したが、この変化は可逆性であった。しかし、期待できる結果もあった。治療群では外顆粒層が無治療眼に比較して有意に厚く、錐体細胞の減少が抑制された。
2.遺伝子治療
1) 動物モデルから臨床応用へ:RPE65の遺伝子異常で発症するLeber先天黒内症(LCA)が、眼科領域では初めての遺伝子治療の対象疾患となった。LCAは若年発症で予後不良のRPの一つである。この遺伝子変異が最初に選ばれ背景にはイヌのLCAモデルの存在が大きい。RPE65の遺伝子を搭載したアデノ関連ウイルス(AAV)ベクターをイヌのLCAの網膜下に注入した。その結果、RPE65が網膜色素上皮に発現し、網膜機能が長期間にわたり著しく改善した。
2) 臨床試験:2008年にこの成果に基づいて6人のLCA患者に遺伝子治療が行われた。硝子体手術後に視力、眼振、対光反射、微小視野などの変化から、半数例以上で効果が得られている。変性が進行した症例を選択していたことから、早期例を対象とすれば更なる効果が期待されより多くの患者が対象となり遺伝子治療は続けられている。その結果、1)長期の視機能の改善が得られる。2)治療部位に新たな固視点ができる(pseudofoveaの形成)。3)中心窩機能の改善はない。4)治療後もロドプシンの再生が遅延する。5)治療で視細胞変性は抑制できない。等のあらたな事実が判明した。
このような先人たちの研究を振り返りながら、今後のRPの治療の展望を議論してみたい。
町田 繁樹( Shigeki Machida )
1989年3月 岩手医科大学医学部卒業
1994年3月 岩手医科大学医学部大学院卒業 学位取得
1994年4月 岩手医科大学眼科学教室 助手
1997年4月 岩手医科大学眼科学教室 講師
1998年9月 ミシガン大学 Kellogg Eye Center, Research fellow
2005年8月 岩手医科大学眼科学教室 助教授(准教授)
2014年4月 獨協医科大学越谷病院眼科 学内教授
2015年4月 獨協医科大学越谷病院眼科 教授
現在に至る
講演要旨
人工網膜の実用化に向けての現状
大阪大学大学院医学系研究科 不二門 尚
人工網膜は、視細胞が失われた網膜で、残った内層の神経を電気で刺激して、視覚を回復させる方法です。CCDカメラを使って得られた画像をコンピューターで処理し、電極の数に相当する画素の信号に変えて、電気刺激し、人工的な光が見えるようにします。
私達の方法は、脈絡膜上経網膜電気刺激方式(Suprachoroidal Transretinal Stimulation STS方式)と名前がついていますが、電極を強膜内に置く独自の方法を採っています。これは電極の固定がとても良く、安全性と安定性の面でもリスクを軽減できるというのが大きなメリットであり、実現性も高い方式だと考えています。電気で刺激することにより、残った網膜の神経が元気になる、網膜賦活効果も期待できます。
また皆さんが希望している再生医療に関しても、ST型人工網膜は網膜に接触しないので、人工網膜を埋めてからでも行えるのがメリットです。現在は、網膜色素変性で視野障害1級の人を対象としますが、次世代機では2級で視野の残っている人にも対象を広げていきたいと思っています。
STS人工網膜は、コンタクトレンズ型電極に1.5ミリアンペア―以下の電流をながして、光を感じる人に適合されます。アメリカ、ドイツは一歩進んでいてオーストラリアが日本に迫ってきています。先行グループは「安定性」や「安全性」が必ずしも十分ではなく、日本発のSTS法もこれから十分キャッチアップできると考えています。電極は49極なので、分解能はあまり高くありませんが、STS法は複数枚の電極板を入れることが可能なので、視野を拡大して歩行を助けるのに役立てる可能性があります。
再生医療との棲み分けですが、人工網膜は電流で離れたところから網膜の神経を刺激できるので、失明して10年経過して、網膜が瘢痕組織に覆われていても光を回復できますが、再生医療は現状では瘢痕組織が生じていない、失明してあまり時間が経っていない患者さんが当面の対象になると思われます。
我々のグループは49極のSTS人工網膜の慢性臨床研究(1年)を終了し、結果をまとめているところです。1例目の患者さんは、電気で刺激しているうちに、人工網膜の電源を入れなくても見え方が良くなりました。3例目の患者さんは、人工網膜を使うと、物がある場所がはっきり分かり、つまみを回して、コントラストを調節すると、区別するのが難しかった、洗濯物を区別して畳むことができるようになりました。米国で商品化された人工網膜Argus IIは世界で150例以上の患者さんが埋め込み手術を受けています。限 局した光(キャンドルの光など)が分かるようになったり、人影が分かるようになったことでHAPPYになる人も多いようですが、患者さんの期待が大きすぎると満足が得られないということです。
また人工視覚を役に立つ視力にするには「リハビリテーション」が重要です。患者さんの意見を取り入れて、コンピューターシステムを進化させ、それに応じてリハビリテーションのプログラムを開発することが、人工網膜を日常生活に役立つようにするためには必須のことになっています。患者さんは共同研究者です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
※参考:人工臓器41巻3号 2012年
不二門 尚( Takashi Fujikado )
1982年 大阪大学医学部卒業
1992年 大阪大学医学部眼科 助手
1996年 大阪大学医学部眼科 講師
1998 年 大阪大学医学部・器官機能形成学 教授(眼科兼担)
2001 年 大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学 教授(眼科兼担)
2001年より人工網膜の開発をNIDEK社と共同で行っている。
現在に至る
講演要旨
再生医療とロービジョンケア
先端医療センター眼科 平見 恭彦
再生医療とは、けがや病気で傷ついたり働きが失われたりした組織や臓器を、細胞培養や組織工学といった最新の技術を応用して作製した組織や臓器で補ったり、置き換えたりして修復する治療です。
網膜色素変性や黄斑変性といった網膜の病気では、網膜を構成する細胞の中でも、光刺激を受け取る視細胞や、その視細胞の維持の役割を持つ色素上皮細胞が失われることがその原因となっています。そのため、視細胞や色素上皮細胞を移植することにより視力を回復するということが考えられていましたが、これらの細胞は採取することも増殖させることも難しく、移植しても周囲の網膜の他の部分に上手くつながらないと視力を回復させることはできません。
そこで、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)といった「多能性幹細胞」と呼ばれる細胞が、移植する網膜細胞を作る材料として注目されるようになりました。多能性幹細胞とは、細胞の性質が変わることなく、限りなく増殖することができ(自己複製能)、一方で細胞の性質が変わることにより、体のさまざまな部分の組織や細胞に変化することができる(分化多能性)という2つの特徴的な性質を持っています。このことが、治療に必要な細胞を大量に準備するという再生医療の目的に適しており、その中でも、網膜の細胞が作製できることはES細胞の研究によって10年以上前からわかっていたことと、それに加えて、体の他の臓器と比べて少ない細胞の量で治療することができるということから、網膜は、多能性細胞による再生医療の実用化が早期に実現可能な候補と考えられていました。
理化学研究所と先端医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院の共同研究チームが、加齢黄斑変性の患者に患者自身のiPS細胞から作製した網膜の細胞(網膜色素上皮細胞)を移植する臨床研究を開始したのは2013年8月のことで、2014年9月に最初の移植手術を行いました。手術後1年を経過して、細胞そのものや手術に伴う重篤な合併症は認められず、治療を追加されない状態で視力は維持されており、現時点では1例ですが当初の目的である安全性の確認は達成されました。これは今後iPS細胞から作製した網膜の細胞を用いたさまざまな眼の疾患の治療開発を進めるための第一歩となると考えられます。
再生医療は確かに失われた機能を回復するという目標に向かって進みはじめていますが、一方で網膜の病気においては、まだ大きな効果が得られる治療にはなっていません。加齢黄斑変性に対する細胞の移植で期待される効果は視力の維持であり、網膜色素変性に対する視細胞の移植治療が可能になったとしても、まずは光覚の回復を確認することが当初の目標と考えられています。したがって、再生医療単独の治療で得られる視力や視野の回復は、実用化の当初には治療を待ち望んでいる人々の期待とはかけ離れたものでしょう。
そこで、我々はそうして得られたわずかな効果を活用し、実生活での利便性を最大限に上げるためのリハビリテーションが非常に重要であると感じています。それは、補装具の使用、パソコンや日常生活を便利にするグッズの活用であったり、近年ではタブレット端末の利用であったりするものや、歩行訓練、固視訓練といった、いわゆるロービジョンケアであり、さまざまな行動が「見えにくくてもできる」ようになることで社会復帰を促すことができます。そのためには病院と一体でロービジョンケアを提供できる施設があることが理想的と考えられました。
神戸アイセンターの計画は、網膜と視覚の再生医療に関する研究室と眼科病院、ロービジョンケアを提供するフロアを有する施設を神戸市のバックアップの下で建設し、これらを一体的に提供するという計画です。まだ具体的な内容を明らかにはできませんが、眼科医療と再生医療、ロービジョンケアをつなぐ役割を果たすことができる施設を目指しています。
平見 恭彦( Yasuhiko Hirami )
1999年 京都大学医学部卒業
2000年 倉敷中央病院眼科 医員
2007年 理化学研究所 リサーチアソシエイト
2008年 先端医療センター病院眼科 副医長
2013年 先端医療センター病院眼科 医長
現在に至る