網膜色素変性症治療に関する世界の動き
━診断から津領までの一体的診療」
遺伝性網膜疾患は、遺伝子異常を原因として網膜に異常をきたす症候群で、本邦では約5万人の患者数が推定されている。網膜色素変性症はその代表的な臨床像であり、実際には黄斑ジストロフィ等のその他の症候群と原因がオーバーラップしているため、全てを総称して遺伝性網膜疾患と呼ばれる。遺伝性網膜疾患は、難治であり、先進諸国の失明原因第1位であるものの、本邦において有効な根本治療が存在せず、その病態解明・治療導入が急務である。
遺伝性希少疾患に関する診断から治療へのアプローチは、近年劇的な変化を遂げてきた。現在のゴールドスタンダードは5行程(1.臨床検査・診断・大コホート作成・自然歴監察、2.遺伝子検査・遺伝学的診断、3.遺伝子型・表現型関連及び最終確定診断、4.臨床治験導入、5.治療の安全性・有効性判定・評価法の確定)を経る形での治療実装であり、ここ数年間での遺伝医学分野における技術革新、情報共有・統合化の加速に伴い、欧米を中心に臨床治験導入が拡大している。世界的に見ると、遺伝子治療(gene augmentation, RNA interference, gene editing,optogenetics)、薬物治療、再生細胞治療、人工網膜移植などの臨床治験が広く展開されており、2013年に人工網膜、2017年に遺伝子治療が米国で初めて承認され、世界規模で治療が広がっている。「治療が皆無であった」時代から「治療を選択する」時代に移り変わるなかで、どの時期に対してどの治療を選択していくか(Therapeutic window)についても、治療の特性に合わせて明らかにされつつある。
また、原因遺伝子・病態毎にメカニズムが異なる遺伝性網脈絡膜疾患においえは、その評価方法は様々であり、中心視力・視野、光干渉断層計等の古典的方法のみでは評価が難しいものも多い。それぞれの治療において、特殊な電気生理検査を含む薬剤のダイナミズムの評価、眼底自発蛍光における量的評価、光閾値評価(full-field stimulus testing; FST)、質問票等の構築・標準化が必須であり、自然歴データを考慮した評価項目を決定する工程についても極めて重要となる。
即ち、「網膜色素変性症」という病名の診断は決してゴールではなく、そこをスタートとして前述の治療へのアプローチとなる5行程を一体的に繋げてゆく診療体制の構築が重要となる。本講演では、本邦において近未来に迫った遺伝性網膜疾患の治療実装を見据え、臨床診断に加え、病状・遺伝カウンセリング、遺伝学的診断、治療治験導入、病状に合わせた臨床評価・治療効果判定、全てを一体的に行う診療体制について、欧米の先行治験での最新情報を含めて紹介する