働き続けるために JRPSがセミナー開催
公益社団法人 日本網膜色素変性症協会 理事 神田 信
公益社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS、理事長・佐々木裕二)グループの3団体は、1月25日、東京・品川の「きゅりあん」(品川区立総合区民会館)で、働く世代のセミナー「働き続けるために」を開催した。主催は神奈川県網膜色素変性症協会(JRPS神奈川)で、共催は東京都網膜色素変性症協会(JRPS東京)と、16~35歳が対象のJRPSユース。網膜色素変性症の患者以外にも、視覚障害当事者や関係者ら約80人が参加した。
進行する症状
眼の中で光を感じる組織である網膜に異常が発生する網膜色素変性症は、現在でも根本的な治療法がない進行性の難病で、数千人に1人の割合で発症するといわれる。症状にも進行にも個人差が大きいが、10~30代で夜盲などを発症し、20~50代で視野欠損や視力低下などの障害が現われるケースが多い。緑内障、糖尿病網膜症とともに中途失明の三大原因のひとつとされ、就職後に、夜盲や視野狭窄による通勤の困難や、徐々に進む視力低下に悩まされるケースも少なくない。
JRPSは、網膜色素変性症とその類縁疾患の患者会だが、患者・研究者・支援者によって構成される三位一体の会で、「私たち自身で、治療法の確立と、生活の質の向上を目指す」ことをスローガンとしている。各都道府県の地域JRPSによる講演会・相談会・交流会・研修会などに加え、毎年、治療法研究に顕著な成果の認められた研究者に研究助成金を贈っている。
今回のセミナー会場には、網膜色素変性症の当事者以外の参加者もいて、視覚障害者の就労に対する関心の高さがうかがわれた。参加者の年齢は30~60代までと幅広いが、中心は40~50代。音声パソコンの職業訓練を受けて就労している人が多く、就職活動中の求職者もいた。網膜色素変性症の患者には、進行し、変化してゆく症状に適応するための情報収集が欠かせない。参加者の傾向は、網膜色素変性症の患者が抱える課題のひとつを反映しており、このようなセミナーのニーズを示している。
プログラムは、網膜色素変性症の当事者でJRPS東京の幹事である熊懐敬氏による「進行性疾患にどのように対応して働き続けるか」をテーマにした基調講演に続けて、当事者6人によるシンポジウム。また、株式会社ユニバーサルスタイル代表取締役で、やはり視覚障害当事者の初瀬勇輔氏が、視覚障害の就労の現状に関する特別講演を行なった。
早めの相談を
基調講演を行なった熊懐氏は、視覚障害の就労を支援する認定NPO法人タートルの理事も務め、就労相談を担当している。銀行に就職したものの、視力の低下によって異動になり、外部講師を招くセミナーの企画担当として65歳まで勤めあげた自身の経験を披露しながら、働き続けるノウハウを語った。
まず大切なのは「病気に向き合い、情報収集を行なうこと」、そして「同じ境遇の仲間との交流も大きな力になる」と熊懐氏。自分の症状を職場に伝え、配慮を求める際は、眼科医の意見書に必要な配慮を記載してもらうことに加え、より具体的な希望を自ら書面にまとめて提出することも有効という。
熊懐氏は、音声パソコンや拡大読書器を無料で貸し出す機関、在職者訓練を含む職業訓練・自立訓練を実施する施設、障害者職業センター、実際に職場を訪問して支援や調整をしてくれるジョブコーチ制度についても説明。働き続けるには、よりよい人間関係を構築するための努力も非常に大切と説いた。
タートルでは就労に関する相談を多く受けているが、退職後では選択肢が狭くなってしまうともいう。「ぜひ、困りごとが起きた段階で相談してほしい」と早期相談の重要性も強調した。
仲間や先生との出会い
シンポジウムでも、網膜色素変性症の当事者が登壇した。就職後に障害が現われたものの就労を継続、もしくは再就職のために職業訓練を受けて働いている6人で、それぞれの訓練内容や訓練施設を選択した理由などを語った(氏名の後ろに訓練を受けた施設名を記す)。
田部雅一氏(国立職業リハビリテーションセンター)
国立障害者リハビリテーションセンターを修了し、あはき免許を取得、ヘルスキーパーを経て独立開業した。そこで、パソコンスキルの必要性を感じ、国立職業リハビリテーションセンターの視覚障害者情報アクセスコースに入って訓練を始めた。ある特例子会社で働いていた時、同センターの卒業生のスキルがとても高かったので、自分もそれに近いレベルを身に付けたいと思い、同センターを選択した。
秋山孝幸氏(視覚障害者就労生涯学習支援センター)
資産運用会社でファンドマネージャーを務める。業務には専用アプリを使い、スクリーンリーダーはJAWSを使用。職場適応のためにジョブコーチを受けることも視野に入れ、視覚障害者就労生涯学習支援センターの在職者訓練が良いとのアドバイスをタートルで受けた。訓練終了後は、同センターの井上英子氏がジョブコーチとして会社を訪問。専用アプリも音声で使えるように細かい設定をしてもらい、業務を継続している。
長谷川晋氏(視覚障害者パソコンアシストネットワーク)
出版社で編集の仕事をしていたが、文字や色が見えにくくなり、人事系の部署に移った。Word、Excel等の基本ソフトを活用するため、スクリーンリーダーのPC-Talkerを学べる視覚障害者パソコンアシストネットワーク(SPAN)の在職者訓練を選択。SPAN理事長で全盲の北神あきら氏が自由にパソコンを操る姿に「見えなくなってもやっていける」と勇気づけられた。まだ視力があり、訓練には早いかと思ったが、受けてよかったという。症状の進行に合わせ、再度受講したいと思っている。
福島淑絵氏(東京視覚障害者生活支援センター)
福祉の仕事に従事していた病院を、視力の低下もあって退職。障害者雇用で事務職として再就職したものの、視覚を補うスキルがなく退職した。ハローワークの紹介により、東京視覚障害者生活支援センターの就労移行支援で訓練を受けた。パソコンの訓練だけでなく、面接の指導では自分の障害を相手にわかるように伝える方法も学んだ。就職後もわからないことを教えてもらえるので、とても助かっているという。現在の職場は7年目、正社員としては2年目で、責任ある仕事を任されている。
石原純子氏(日本視覚障害者職能開発センター)
もともと看護師として就労していた。視覚障害発症後も理解のある病院に勤務をしたが、限界を感じて退職。ハローワークで日本視覚障害者職能開発センターを紹介された。パソコンは全くの初心者だったが、訓練を通じて日商PC検定(文書作成3級、データ活用3級)や秘書検定2級も取得。現在は眼科病院に勤務し、患者向けITサポートを担当している。進化していくITについていくため、日々、勉強を続けている。同センターでの訓練終了後のフォローや、別途ジョブコーチ制度を活用するなど、状況に応じて支援を使い分けている。
伊藤つえみ氏(横浜市立盲特別支援学校)
幼い頃から夜盲があり、上京して就職したものの、視力低下に伴い何度か転職。デパートで販売職に就いていた時に、当事者団体や支援制度を何も知らないまま仕事を追われた。ハローワークで盲学校に職業相談をするように勧められ、マッサージは全く考えていなかったが、横浜市立盲特別支援学校で3年間学び、あはきの免許を取得。ヘルスキーパーとしてやりがいのある仕事を得て、充実した毎日を送っている。仕事でパソコンも使うため、視覚障害者就労生涯学習支援センターで在職者訓練も受けたと語った。
シンポジスト全員が口を揃えたのは、共に学んだ仲間との出会い、そして熱心に指導してくれた先生方への感謝であった。
雇用拡大の可能性
シンポジストの一人、田部氏が「私は、目が悪くなったらあはき※1しかないと思い、免許を取ったが、会場の皆さんは、あはきを選択肢として考えたことがありますか?」と質問をしたところ、約4割の人が「考えたことがある」と回答。一方で、あはき免許の取得までには無給の期間が生じ、地方では事務職の求人も少ないが、「どうすれば良いか」という質問もあった。
※1:あはき師(按摩師、針師、灸師)
それに対し、自宅やサテライトオフィスなどを利用し、時間や場所に縛られない働き方であるテレワークを選択肢の一つとして提示したのが、特別講演を行なった初瀬勇輔氏だ。
視覚障害柔道家としても知られる初瀬氏が代表取締役を務めるユニバーサルスタイルは、障害者の就業・転職サポート、人材紹介などを行なっている。
初瀬氏が就職活動をした時には、100社以上を受けて、面接まで進んだのは2社だけだったという。視覚障害以外の障害の人と比べられる障害者雇用の場で、「こういう配慮があればできる」という説明が不足していたと振り返り、自分の症状を言語化し、パソコンスキル等を具体的に示すことが必要だという。
就職・転職を考えている人には「なるべく多くの人材紹介会社に登録したほうが良い」と初瀬氏はアドバイスをする。特にテレワークなどは全国的なネットワークのほうがヒットしやすいとする一方で、知人の紹介で就職する人もおり、様々な手段を活用することが肝心というわけだ。
就労中の人には、配置転換や業務の調整について、会社と相談することを勧めた。会社側も困っていることがあるので、自分で情報収集し、どうすれば働き続けられるか、提案できるのが望ましいという。また、周囲の人とのコミュニケーションが欠かせない仕事の中で、合理的配慮も上手に求める必要があるとし、「社内で得意な分野を作っておくこと」も大切だと述べた。
初瀬氏は「多くの企業が、社内に障害を負った人がいれば、法定雇用率の観点からもその人材を大切にしたいと考えている」という。2018年に発覚した中央省庁の「水増し雇用」への反省や、法定雇用率の引き上げ(2021年4月までに現行の国、地方公共団体2.5%、一定規模の民間企業2.2%から、各0.1%引き上げ)もあり、障害者雇用は上向いていくとの展望を示した。そして「視覚障害者を含め色々な人が活躍できるインクルーシブ社会を一緒に創っていきましょう」と講演をまとめた。
セミナー終了後は、懇親会も盛大に行なわれ、参加者同士、貴重な情報を交換した。
公益社団法人 日本網膜色素変性症協会
電話:03-5753-5156/メール:info@jrps.org
認定NPO法人タートル
電話:03-3351-3208/メール:mail@turtle.gr.jp
株式会社ユニバーサルスタイル
電話:03-5361-8455
出典 月刊視覚障害3月号
シンポジウムの様子。中央奥に長机に向かって座った6人のシンポジスト、手前にはスクール形式で並べられた席に、長机に向かって座った参加者が写っている。