研究推進委員会(Wings)通信(第22回)

■ゲノムとは何だろ

個人のゲノム情報に基づく疾患の治療、予防が可能となるゲノム医療への期待が高まっています。遠くない将来、遺伝子治療や遺伝子変異にあった薬物治療など、ゲノム医療の実現が期待されます。一方ゲノムやゲノム医療に関するわれわれ患者の理解はまだ十分とはいえません。そこでJRPSでは「遺伝情報と網膜ゲノム医療」に関する連続オンラインセミナーを開催することになりました。7月11日の第1回のテーマは「ゲノムとは何だろう」です。ご講演いただくお二人の先生に要旨を書いていただき増した。

■講演1「ゲノム ー 科学から人間全体を考えるには」
中村桂子(JT生命誌研究館館長)

あなたの始まりは受精卵、一個の細胞です。そこには46本の染色体があり、染色体を構成する中心はDNAです。46本の染色体のうち23本は母親の卵から23本は父親の精子から来ます。受精卵の分裂で生れるあなたの体細胞はすべて、この46本の染色体を持っています。その中にあるDNA、このすべてをゲノムと呼びます。ゲノムにはあなたの性質の基本をきめる遺伝子があります。
両親から半分づつ受け継ぎ、一生の間自分を構成する細胞の中ではたらき続けるゲノムについて知ることが重要なのは言うまでもありません。具体的には、そこにある遺伝子のはたらきを調べて病因を探ったり治療法を考えたりします。その時に、一つ一つの遺伝子のはたらきだけを見るのではなく、ゲノムが全体としてはたらいているのだということを考えることが重要なのです。
生きものは全体として生きているのですから。でも実際に遺伝子研究をしていると、つい生きものを機械のように見て部品直しを考えてしまいます。ここでゲノムという全体を考えることで、生きものを生きものとして見られるようになるのです。ゲノムの魅力は、科学を徹底的に進めながら、人間全体を考えられるところにあると言えましょう。
ところで、ここでゲノムですべてができまると思ったり、ゲノムがわかればすべてがわかると思ったら、それは大間違いということも指摘しておかなければなりません。ゲノムがどのようにはたらくかは、食べものも含めてさまざまな環境との関わりで考える必要があります。あなたがどのように生きるか、どのように生きたいかが一番大事だということが、ゲノムを知ることで更に強く感じられるようになるはずです。

■講演2「個人ゲノムを読む意義」
西川伸一(NPO法人:オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表理事)

ゲノムと聞いて頭に浮かぶのは、おそらくDNAのような物質だとおもいますが、ゲノムを媒介するものは物質でも、ゲノムは非物質的な情報です。だからゲノム情報の内容は、RNAでもDNAでも、さらには紙の上にも、コンピュータ言語でも書き写すことができます。物質でないからこそ、体の生死に関わらず情報として残しておけます。ただ、そのためにはDNAに書かれた情報を読み取る必要がありました。これが新しいタイプの解読機のおかげで、今や皆さんの全ゲノム情報を3万円前後で解読することができます。世界中の人が自分のゲノム情報を解読して保存することができる時代が来たのです。

では自分の全ゲノムを読んで何か役に立つのでしょうか?正直なところ、ほとんどの人にとって、ゲノムを解読したからといって、心配のタネは増えても、それが役に立つということはほとんどないと思います。また、私たちのゲノムは生まれてから死ぬまで変わりません。結局解読したとしても、自分のゲノム自体に対しては何もすることはできません。
それでも私は、自分のゲノムを読む意義は大きいと思います。この講義では、個人ゲノムの現状をお話しして、役に立つとか立たないとかに関わらず自分のゲノムを読む意義についての考えをお話ししたいと思います。

 

注:7月11日にオンライン・ライブ配信で開催予定であったこの2つの講演は、コロナウイルスの感染による都道府県を超えた移動が困難な状況のため、11月7日に延期が決定しております。

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