第3回 高橋 政代(第3回受賞)
理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 高橋 政代
JRPSの研究助成は初めて獲得した賞的研究費でした。学会誌に受賞者が発表されましたので、いろんな方から「おめでとう!」と言われてとてもうれしかったのを覚えています。「幹細胞を使って網膜色素変性の治療を作る」という内容でいただいた研究費で、これが約束をしたので本当に治療を作らなくてはいけないという覚悟ができたきっかけでした。
アメリカ留学時に出会った神経幹細胞を用いて、すぐに網膜色素変性の治療を作れるかとも思いましたが、それほど簡単ではありませんでした。神経幹細胞は神経を作り出す元となる細胞で、網膜色素変性で減ってしまう視細胞(網膜の中で最初に光を受け取る細胞)を作り出して移植する治療です。その後、よりよい細胞を求めてES細胞、そしてiPS細胞と研究を進めていきました。
2006年にマウスiPS細胞が、2007年にはヒトiPS細胞が発表されました。我々は2000年代のはじめからES細胞から作った網膜色素上皮(RPE)を用いた治療研究を進めており、患者さん自身の細胞から作れ、身体中のあらゆる細胞を作れるiPS細胞によって最後の問題であった拒絶反応が解決しました。その後2013年に臨床応用を許可されて、2014年9月にiPS細胞を使った世界初の細胞移植手術が加齢黄斑変性の患者さんに施行されました。最初の臨床研究は治療の安全性を確認するのが目的でした。移植細胞は生き残るのか、拒絶反応はおこらないのか、腫瘍はできないか。これらは1年後の判定ですべてクリアし、iPS細胞から作ったRPE細胞は安全であることが示されました。視力は当初の予想どおり大幅な向上は認められませんでしたが、それまで眼球注射の治療を繰り返しても視力が徐々に低下していたのが、眼球注射なしで視力低下が落ち着きました。
人は誰でも様々な遺伝子変異を持っています。また、細胞は培養を続けると遺伝子の変異が起こる可能性が必ずあります。RPE細胞は遺伝子の変異があっても腫瘍にならないことが知られています。これらの特徴的な性質から、iPS細胞を用いた最初の臨床応用に適していると考えられますが、なにせ最初の治療ですので審査委員会からは遺伝子を詳細に調べることを求められました。2例目の細胞は1例目の細胞に比べて遺伝子の変異が多く認められました。それらの遺伝子変異は安全性をおびやかすものではないと考えられましたが、どのような変異まで臨床に使ってもよいのかまったく基準がありません。そこで、2例目の細胞移植手術は一旦中止とし、文科省や厚労省が作る基準を待つことになりました。
その間にも時を無駄にせず、山中先生の研究所が作成する他家移植用のiPS細胞を用いた他家RPE細胞移植をより多くの患者に施行するための準備をしています。
一方、網膜色素変性に対する細胞移植はマウスやサルのモデルでiPS細胞から作った視細胞層が立体で網膜の下に移植した場合に、移植細胞は十分に育ち、生き残ることが分かりました。今後はそれらが患者網膜とうまく接合して機能しているかを確かめていきます。毎日の1歩1歩は小さく思えますが、こうして20年近くの研究を振り返ると、その道のりに随分遠くまで来たものだなあと感慨深く思います。(20160126)
(次回は九州大学病院 ・池田 康博先生です)