岩手大学 冨田 浩史
このたびは講演の機会をいただきまして、誠にありがとうございました。今回の講演のお話を大会長の高橋さまよりいただいたのは約1年前で、当時は、私たちが研究を進めている遺伝子治療研究の臨床試験が2021年の秋ごろから始まることが予定されていましたので、この講演会では良いお知らせができると私自身も大変楽しみにしておりました。
しかし、そう思っていたのも束の間で、企業より開発中止の連絡があり、このたび残念なお知らせをさせていただくこととなりました。2007年にチャネルロドプシン遺伝子治療の論文を発表し、その年にはJRPS研究助成をいただき、さらに翌年からは多くの都道府県支部にご招待いただき、回を重ねるたびに1日も早く実現したいと考えておりました。
2016年に製薬企業にバトンを渡した際には、安心するとともに、次の課題に取り組む機会となりました。開発中止に関して、企業の判断であるためどうすることもできませんが、開発を通して多くのことを学ぶことができました。それは、モチベーションと目標の違いです。これは立場の違いから来るもので、どちらが良い悪いということではありません。私たち研究者(少なくとも私の研究室のメンバー)は、「1日も早く実用化を」と考えます。もしかすると10年先、20年先の未来には、もっと良い治療法が出るかもしれませんが、それがいつなのかは誰にも分かりません。また、新しい治療法が開発されたとしても取って代わるのではなく、新しい治療法とチャネルロドプシン遺伝子治療が並行して存在し、病態によって選択するようになるのかもしれません。それであれば、現時点で効果的な薬剤は可能な限り早く実用化し、万が一、新しい治療法に取って代わられたとしても、その治療法ができるまでの間を埋める役割だけでも担えるのではないかと考えるからです。そういう思いから、私たちは2005年からチャネルロドプシン研究に取り組み、16年間、実用化の日を心待ちに研究を行ってきました。しかし、企業の視点は、当然、そのような思い入れはなく、いくつかの薬剤開発のひとつに過ぎないということです。悪い表現になってしまいましたが、企業側から見るとそれは当然のことで、ひとつの疾患に注力する理由もありませんし、変に思い入れを持って開発を進めると思わぬ事態を引き起こしかねません。今回の開発を通して、このような立場による考え方の違いを埋めることは非常に難しいと感じました。
一方、2016年に企業に導出したのを機に、新たなチャネルロドプシン遺伝子の開発に取り組んでおりました。その結果、2020年にさらに機能を高めたチャネルロドプシンの作製に成功しました。今回の経験を生かして、この新しい遺伝子については、先生方のご協力を仰ぎながら自身の手で開発を進めたいと考えておりますので、皆さまにおかれましては、今後ともご支援ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。