第7回研究推進委員会(Wings)通信

■Wings研究者インタビュー 第6回 
岩手大学 冨田浩史先生に聞く
~遺伝子治療による視覚再生-臨床に向けた取り組み~

岩手大学理工学部化学・生命理工学科 視覚神経科学研究室の 冨田 浩史(とみた ひろし)先生は東北大学に在籍中から、緑藻単細胞生物であるクラミドモナスに発現しているチャネルロドプシン2という蛋白質に注目し、この遺伝子を使って視覚を再生する治療法の開発に取り組んでこられました。これを含め、光活性化チャネル遺伝子を使った治療法の臨床応用の見通しをうかがいました。

問:先生は長年チャネルロドプシン2の遺伝子治療を目指して努力されてきました。いよいよ臨床試験が始まっているとうかがいました。
答:チャネルロドプシン2を使った遺伝子治療の実現のため、2006年4月に特許の出願をしましたが、その半年前にアメリカのレトロセンス社が出願しておりそちらが認められました。そこでなるべく早くこの治療法を実現するため、それまでの研究結果を同社に提供し、共同して開発を進めてきました。レトロセンス社は2016年春、ダラスで臨床試験を開始、途中経過が近いうちに発表される予定です。同社はつい最近アメリカの目薬の大手であるアラガン社に買収され、今後はアラガン社が臨床試験を進めると聞いています。

問:チャネルロドプシン2は青い光しか感じないので、先生方はすべての色を感じるたんぱく質の遺伝子を作られました。そちらの臨床応用の見通しは?
答:クラミドモナスとは別の緑藻類であるボルボックスに発現しているタンパク質VChR1が赤い光を感じることに注目、この遺伝子を改変して青、緑、赤など可視光のすべてを感じるタンパク質、改変型VChR1の遺伝子を作りました。こちらは最近特許の取得に成功し、その後東北大学が作ったベンチャー企業クリノに譲渡しました。クリノはアステラス製薬とライセンス契約を結び、アステラス製薬が治験に向けて準備を進めています。私はレトロセンス社の顧問という立場上、アステラス製薬の研究開発には関与していません。

問:遺伝子治療の治験に進むには、どのようなことが求められますか?
答:遺伝子治療にはウイルスベクターが必要ですが、眼科領域ではこれまで例が少なく、決まったメニューが存在しません。そのため、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と相談しながら進めていく必要があります。治験までのプロセスはおおむね次のようになります。
①GMPに沿った施設でウイルス製剤を作製し、その品質のチェックを行ないます。たとえば、純度、夾雑物、細胞に対する感染効率などを調べます。何回か作って、ロットごとに品質をチェックし、いつでも同じ品質で製造できる薬剤であることを示します。
②GLP適合施設で前臨床試験の安全性試験を実施しなければなりません。試験項目は、遺伝毒性、安全性薬理、薬効薬理、薬物動態などです。対象動物も含め、PMDAと協議しながら実施します。ラットの安全性試験は終了し、カニクイザルでの試験が残っています。1回眼内注射で投与し3ヵ月間モニターします。
③前臨床試験の薬効・薬理試験についてはラットの縞視力の測定(いわゆる首ふり試験)と視覚誘発電位の測定を実施しました。試験はGLP施設で行なう必要はありませんが、すべてのデータをPMDAに提出しチェックを受ける必要があります。

問:しばらくは治験に直接関与されないとのことですが、現在、あるいは今後どのような研究をされるお考えですか?
答:ラットの首ふり実験の信頼性を高めるため、録画し、首ふり回数を機械的にカウントする方法を開発中です。また、遺伝子導入した網膜神経節細胞が光を受け、その刺激が脳でどのように認識され、どのように見えるかは未解明です。視覚心理学を専門とする先生との共同研究では、真っ白な部分はやや灰色に、真っ黒な部分も少し灰色になるものの、りんかくが強調された画像となるというようなシミュレーション結果が得られています。あくまでもシミュレーションであり、これを動物実験で今後明らかにしていきたいと考えています。また、長期的には、色覚を回復する研究、また網膜変性を遺伝子治療で保護する研究を進めたいと考えています。

問:最後に、全国のRP患者へ、ひと言メッセージをいただけますでしょうか。
答:2005年にこの研究に着手し、11年の歳月が過ぎました。何度も研究継続の危機がありましたが、JRPS主催の医療講演会にご招待いただき、多くの方々から力をいただきました。ありがとうございました。まだ、ゴールは少し先になりますが、引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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大石 明生先生(京都大学医学部附属病院 眼科)

受賞テーマ:
次世代シークエンサーを用いた網膜色素変性症の網羅的変異スクリーニング

網膜色素変性症が遺伝性疾患であることはよくご存知のことかと思います。では皆さんの中でご自身の病気が、どの遺伝子の変異によって起きているのか、ご存知の方はどのくらいおられるでしょうか。おそらくほとんどの方はご存知ないかと思います。
このように遺伝性疾患でありながら、原因遺伝子の検査がそこまで一般的でないということの一つには、これまで原因遺伝子を調べようとしてもなかなか特定できなかったという事情があります。
網膜色素変性症の原因としてこれまでに報告されているだけでも56の遺伝子があるので、これらを一つ一つ調べるということは非常にコストや手間がかかる作業となり、現実には難しかったわけです。また多くの報告は欧米から出ていて、日本人で同じ遺伝子を調べても同じような割合では変異が見つからないということも原因遺伝子の検索を困難にしていました。
しかし近年では遺伝子解析機器の技術が進歩し、多くの遺伝子を一気に調べることが可能となってきました。今回の研究ではこれまで網膜色素変性症の原因として報告されている遺伝子に加え、網膜の他の変性疾患の原因となっている遺伝子、網膜に発現していて病気の原因になりうると思われる遺伝子369個を選び出して調べる、ということを試みます。
解析が順調にいけば、これまで報告されている遺伝子については比較的容易に、さらにこれまで分かっていない新しい遺伝子もみつけることが可能になるのではないかと考えています。
原因遺伝子を調べても現時点で直ちに治療につながる訳ではありませんが、海外では特定の遺伝子変異に対しては、正常の遺伝子を補うことで進行を遅らせるといった治験が始まっていたり、内服薬の効果が原因遺伝子によって異なるといった報告が出たりしており、個々の患者さんがどのような変異を持っているかは、将来的により重要な情報になっていくだろうと考え研究を行なっています。

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村上 祐介先生(九州大学大学院医学研究院 眼科学分野)

受賞テーマ:
ゲノム酸化損傷を標的とした網膜色素変性に対する治療法の開発

この度は、第17回JRPS研究助成金を賜り、大変うれしく、また光栄に感じております。JRPS理事ならびに会員の方々に深く感謝いたします。
網膜色素変性(RP)は、視細胞の働きに重要な遺伝子のキズによって視細胞が脱落し、徐々に見え方が悪くなっていく病気です。これまでに50種類以上もの原因遺伝子が同定されていますが、これらの遺伝子のキズによって、なぜ、またどのようにして視細胞の死が引き起こされるのかは良く分かっておらず、有効な治療法も開発されていません。
病的な環境において、細胞は様々なストレスに晒されますが、中でも酸化ストレスは病気の悪化に大きく関係すると考えられています。とくに生命現象の源であるゲノムの酸化は、その蓄積によってDNAのキズを生じ、癌や神経変性疾患など様々な病気の原因となることが知られています。そこで我々は、ゲノムの酸化に注目して、そのRPへの関わりについて研究を行なっています。具体的には、RPモデル動物を用いて、ゲノムの酸化修復に重要であるMTH1やMUTYHの発現を遺伝子レベルで調整し、その視細胞死に対する影響を調べています。これまでの研究から、RPの網膜ではゲノムの酸化が著しく増加していること、MTH1の過剰発現によって視細胞のゲノムの酸化が修復され、視細胞の脱落が抑制されることが分かっています。本研究ではさらに、MTH1の下流で働くMUTYHに注目し、そのRPにおける役割について研究を行ないます。
本研究は、これまでに我々が提唱してきたゲノムの酸化による視細胞死誘導のメカニズムについて、分子レベルでの理解を深めるだけでなく、ゲノム酸化損傷を標的としたRPに対する新しい分子標的薬、遺伝子治療薬の開発につながる可能性があります。今回賜りました助成金を励みに、RPの研究発展に少しでも貢献できるよう、研究を進めていきたいと思います。

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上野 真治 先生(名古屋大学大学院医学研究科 眼科学講座)

受賞テーマ:
網膜色素変性におけるバイオマーカーの探索

この度は、第18回JRPSの研究助成を受賞することができ、大変光栄に感じております。私の研究課題は「網膜色素変性におけるバイオマーカーの探索」です。
網膜色素変性の患者さんが期待されていることの一つが、網膜変性の進行を止める治療を開発してほしいということだと思います。実は、動物実験では多くの薬物が網膜変性の進行を抑制すると報告されております。しかし、患者さんにその薬物を投与してみる臨床治験では効果が認められないということが非常に多いのです。この動物実験と臨床試験のギャップが生じる理由の一つは、臨床試験で治療の効果を適切に評価することが難しいことが原因だとされています。網膜色素変性の患者さんを診察しても、視野や視力は1-2年ではほとんど変わりません。そのため、開発された薬物が、網膜変性の進行を抑制したということを確認するには、多くの時間と多くの症例数が必要になり、実は非常に難しいのです。
そこで私は、患者さんの眼の中の水(前房水)に、網膜変性が進行する時に変動するようなマーカーを見つけようと考えております。これは、採血をして、糖尿病の患者さんが血糖値を気にしたり、腎臓の悪い患者さんが腎臓の機能の数値を気にしたりするのと同じような指標を見つけようとすることです。このような試みにより多くの癌のマーカーなども見つかっております。
今回の研究では患者さんから前房水をとるのは侵襲がありますので、網膜変性を起こすウサギを使って調べようと考えております。マーカーを発見することにより、お薬の効果を効率よく判定し、網膜色素変性の患者さんの治療法の確立に役立てればと考えております。

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岩田 岳 先生(独立行政法人国立病院機構東京医療センター)

(感覚器センター)
受賞テーマ:
網膜色素変性の網羅的遺伝子解析と病因・病態機序の解明

網膜色素変性(RP)の多くは遺伝子の変異によって発症することが知られています。今までの解析方法を用いた場合、すでに知られている73種類の原因遺伝子を調べるには時間がかかり、結論が出ない場合さえあります。しかし、この数年間で遺伝子解析の技術革新が起こり、全ての遺伝子配列を調べて病気の原因を数ヶ月で調べられるようになりました。さらに、これまで研究用に利用されてきたこの技術が診断用として利用されるようになり、価格はこの3年間で1/5にまで下がり、今後さらに下がる見込みです。
私たちはこの新しい遺伝子解析の技術を使い、厚生労働省の支援のもと、多くの患者さんとご家族の皆さまのご協力を得て、多数のRPの原因となる遺伝子変異(変化)を解明してきました。この中には日本で初めて発見された遺伝子変異が多数含まれています。これらの新しい変異についてはそれぞれの担当医から論文として発表あるいは投稿されています。
また、これまでに知られていなかった原因遺伝子も発見され、発症のしくみを動物モデルやiPS細胞を使って研究しています。一つの遺伝子でも病気のしくみを解明するためには複数の研究員がさらに数年間かけて研究する必要がありますが、これらの基礎的な研究データは将来の治療に役立つと考えて日々研究を行なっています。
これまでの研究成果が厚生労働省に認められ、さらに今後3年間の研究継続が承認されました。今後は日本臨床視覚電気生理学会や全国の研究拠点と連携させていただきながら、RPを含む遺伝性網膜疾患について、より高い精度とスピードで解析し、日本人のRPの原因遺伝子をさらに明らかにしてゆきたいと考えています。
この遺伝子解析を進めてゆくためには、RPの方々だけではなく、ご両親やご兄弟などのご家族の方々の遺伝子検査のご協力がますます必要です。今までの皆さまのご理解とご協力に感謝するとともに今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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池田 華子先生(京都大学医学部附属病院 臨床研究総合センター)

京都大学医学部附属病院 臨床研究総合センター 網膜神経保護治療プロジェクト)
受賞テーマ:「網膜色素変性に対する新しい神経保護の開発

私たちは、VCPという蛋白質に対する阻害剤(KUS剤)という、まったく新しい薬に関する開発研究を行なってきました。このKUS剤は、網膜色素変性モデルマウスや網膜色素変性モデルウサギで、視細胞が減少していくことを抑え、網膜電図検査という視力検査においても、治療効果があることが分かってきました。
現段階ではまだ動物実験段階であり、ただちに患者さんに投与することはできません。今後、さらにほかの動物モデルでの検証実験を進め、このKUS剤がどのように視細胞を保護しているのかを明らかにしていきたいと考えています。さらに、KUS剤の安全性などを確認し、まずは、短期に投与することで神経保護効果が確認できる目の病気で安全性に関する臨床治験を予定しています。近い将来に新たな治療薬の一つとして網膜色素変性患者さんに使えるようになれば、と願っています。
また、現在、分岐鎖アミノ酸といって、分岐をもつアミノ酸の配合剤が、網膜色素変性モデルマウスにて、同様に視細胞変性を抑制する可能性があることが、私たちの実験で明らかになりつつあります。今後、この薬剤に関しても、臨床応用に向けて、必要な実験や準備を進めていく予定にしております。
これら薬剤開発に関して、患者さんのご協力なしには進められません。臨床治験に関しまして、詳細が固まりましたら、京都大学眼科学教室のホームページなどでのご案内を予定しておりますのでよろしくお願いいたします。
この受賞を機に、さらに、網膜色素変性の治療法の確立に向けて、頑張っていきたいと思っております。

※「新規神経保護剤により網膜色素変性の進行を抑制することに成功

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五十嵐 勉先生(日本医科大学眼科学教室)

受賞テーマ:「硝子体投与アプローチからの網膜色素変性の遺伝子治療

今回、第19回JRPSの研究助成を受賞することができ、誠に光栄に存じます。私の研究テーマは、硝子体投与アプローチからの網膜色素変性の遺伝子治療という内容です。遺伝子治療が開始され25年経ちました。眼科分野でもレーバー先天性黒内障(LCA)に対するAdeno Associated Virus(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療が開始され治療効果を 示しております。本邦では九州大学においてサルのレンチウイルスベクターに神経保護因子の一つであるPigment epithelium-derived factor(PEDF)を組み込み、網膜色素変性に対して 臨床研究がスタートしています。
これまでの網膜色素変性に対する遺伝子治療は網膜下投与で行なわれてきました。理由として、網膜色素変性の疾患部位である視細胞、色素上皮細胞に直接コンタクトでき遺伝子導入しやすいことや、硝子体投与よりも遺伝子導入効率が高いことが挙げられます。しかしながら、網膜下投与では医原性の網膜剥離を作製するため、視機能の低下をもたらし、特に黄斑部の場合視力低下をもたらすことや、網膜剥離が起きた場所にしか遺伝子導入が生じないことなどのデメリットがあります。網膜色素変性の場合、網膜全体に障害が起こるため、硝子体側より網膜全体に遺伝子導入されることが望まれます。
我々は、安全性の高い、硝子体投与による遺伝子治療の構築を目指します。方法としては、硝子体投与にて遺伝子導入可能な新しいタイプのAAVベクターを用いて神経保護因子を発現させて網膜色素変性マウスに対して治療効果を検討します。また、現在サルに対して手術方法を組み合わせた治療法の開発を行なっています。

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西口 康二先生(東北大学大学院医学研究科)

受賞テーマ:「遺伝子治療による錐体系視覚再建と可塑性の解析

網膜色素変性症はおもに遺伝子の一つに異常があって病気が発症すると考えられています。異常があることにより、遺伝子が十分機能しなかったり、異常機能を示したりして病気が発症するのです。
網膜色素変性症では、病気を起こしうる原因遺伝子がたくさん見つかっています。異常がある原因遺伝子さえ特定できれば、遺伝子治療により正常な遺伝子を網膜細胞に補充してあげることにより、病気を治療することができる可能があります。このような治療方法を遺伝子治療といいます。欧米では、子供のころから強い視力低下を伴った重症な網膜変性患者に対してすでに遺伝子治療の臨床試験が行なわれていて、一定の成功をおさめています。
一方で、遺伝子治療を行なうことにより、これらの患者さんがみな満足する結果が得られたかというと必ずしもそうではありません。一番の問題は、治療により思ったほど視力が回復しなかったことです。遺伝子治療は非常に有力な治療手段だと思いますが、この点は早急な改善が必要であるということになります。
今回の受賞テーマでは、まずは網膜変性を持ったネズミに対して様々な条件で遺伝子治療を行なったあとに、視力を測定します。得られたデータを解析することにより、視力回復に必要な条件を見つけ出したいと考えています。ネズミの視力を測定することは決して簡単なことではなく、ネズミの視覚を、脳波を測定して客観的にする評価する方法とネズミの視覚行動を評価する方法の2つの手法を用いて解析し、課題の解決に取り組む予定です。
私たちは、成果を医療に還元することを目標にして、日々研究活動を行なっています。そして、本研究が、網膜色素変性症患者をはじめとした難治性網膜変性患者の遺伝子治療開発に役立つことを強く願っています。

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国松志保先生 (東北大学病院 眼科)

「高度視野狭窄と自動車事故との関連性」

日本の普通運転免許取得・更新にあたっては、両眼の視力が0.7以上、かつ一眼の視力が0.3以上であれば、視野検査は行なわれません。このため、著明な視野狭窄をきたしていても、中心視力が良好な場合は、運転免許を取得することは十分可能です。しかし、信号機などの道路標識の認識、右折・左折時の歩行者や自転車の確認のためには、中心視力だけでなく、視野もある程度保たれている必要があります。
視野狭窄患者に、運転状況を聞いてみると、「左右の安全確認をしたのにも関わらず、側方からきた自転車と衝突した」「左折時に歩行者と接触してしまった」など、視野狭窄による安全確認の不足が原因と疑われる事故を起こしていることがあります。しかし、今なお、どの程度、どの部位の視野が障害されると自動車事故を起こす危険性が高まるのか、分かっていないのです。
われわれは、速度一定の条件下で、視野狭窄患者が事故を起こしやすいと予想される場面を織り込んだ視野狭窄患者用ドライビングシミュレータ(HONDAセーフティーナビ)を開発しました。これまで、視野障害度が高いほど、自動車事故のリスクが高いことが分かりました。また、リプレイ画面を利用することにより、患者本人や家族に、「なぜ、事故を起こしたのか」を知らせることができました。本研究では、このドライビングシミュレータに視線追跡検査を併用することにより、事故回避に必要な視野範囲・視野感度基準を定めることを目標とします。その結果に基づき、今後は、眼科外来に簡易型のドライビングシミュレータを設置し、事故回避に必要な運転訓練や情報提供といった適切な運転支援の方法を確立し、患者教育指針を作成したいとも考えています。このような研究は、交通事故を削減のためにも、社会的影響も大きく、大変重要な研究と考えています。

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栗原俊英(慶應義塾大学医学部眼科学教室・光生物学研究室)

「網膜色素変性症克服に向けた新規低酸素応答阻害物質の開発」(もうまく基金賞)

現在地球上で生命活動を営んでいる多くの生物は、酸素を使った代謝反応を利用してエネルギーを得ています。酸素がなくなれば、たとえば私たち人間は、数分以内に個体レベルで生命活動が停止して死に至ります。一部の酸素を利用しない微生物(絶対嫌気性生物)を除いて、すべての真核生物は生命を維持するために酸素を必要とします。
そこで、酸素濃度が低下した状態(低酸素)を克服するために、我々生物には「低酸素応答」という生体防御反応が線虫から哺乳類に至るまで備わっています。低酸素応答により、酸素を運ぶインフラを構築するための「造血」や「血管新生」、低酸素状態の脆弱な臓器を守るための「エネルギー代謝」や「細胞増殖・細胞死」「炎症・免疫」などに関わる遺伝子のスイッチが素早く入ります。
また、胎児の時期から体が形作られて生まれてくるまでの間にも低酸素応答は使われています。たとえば、妊娠の中期に差し掛かる頃、網膜では血管が中心から端に向かって伸びはじめますが、まだ血管が来ていない場所から低酸素応答により血管新生の信号を発することによって、網膜血管のネットワークが完成します。
私は10年ほど前から網膜における低酸素応答について研究を続けてまいりました。その結果、網膜の低酸素応答は、胎児の眼が作られていくときも、健康な眼を維持するためにも、いくつかの眼の病気の原因としても重要であることが分かってきました。とくに、異常な低酸素応答が網膜変性を引き起こすことを発見し、低酸素応答をうまく制御することで、網膜色素変性症を治療できる可能性があることが分かりました。そこで、今回決定した助成研究では、低酸素応答を制御するための安全な薬剤の開発および動物モデルを用いた治療効果の確認を行なう予定です。
研究へのご支援にあらためて感謝するとともに、研究成果を臨床応用という形で還元できるよう精一杯頑張ります。今後とも、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

※参考低酸素環境選 択的増殖阻害物質 furospinosulin −1 のア ナ ロ グ 化合物 の 合成 と作用 メ カ ニ ズ ム 解析

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