[5月の課題]
〜本降りになって迷いが消えました〜
読売新聞が大きく取り上げたのは確か昭和61年12月のことだ。 「網膜色素変
性症」を患う静岡県のM氏が、中国で針治療や漢方薬により視力や視野が回復したと
いう。
私もそのころ、網膜色素変性症と診断され、「原因不明の難病で治療法はない。将
来失明するかもしれない」という“死刑宣告”を受けて、絶望感と惨めさ、悔しさに
さいなまれながら、失意のどん底で悶々とした日々を送っていた。私はM氏に電話で
話を聞き、彼の入院していた病院へ手紙を書いた。しばらくして入院OKの返事が届
いたが、いざ中国へ渡るとなるといろいろな不安が頭をよぎった。太い中国針を刺す
と神経が切断されるのではないか 、言葉の通じない国で長期間療養生活ができるだ
ろうか、費用がかさむのではないか、会社を長期間休めば帰って来たら席がなくなっ
ているのではないか……。
網膜色素変性症という病気は、夜盲、視野狭窄、視力低下が徐々に進行する原因不
明の目の難病で、当時はまだ治療研究が進んでいず、患者がどれだけいるかもわかっ
ていなかった。厚生省の特定疾患に指定され、治療研究事業の対象となるのはそれか
ら10年後の平成8年1月のことである。
私は迷いに迷った挙げ句、結局渡航を断念した。進行の初期の段階で、まだまだ見
えていたので、日本でなんとかならないものかと考えたのだ。著名な中国針師の治療
院へ通ったり、あの漢方薬がよいと聞くとそれを服用したり、あそこにすごい気功師
がいると聞くとすぐに飛んで行った。また、藁をもつかむ思いで神仏にすがったりも
した。あれからもう数十年も長生きした。病気は順調に進行し、光も見えない状態に
なってしまったが、治療法は未だに確立されていない。しかし、治療研究は少しずつ
確実に進展している。もし私たちの時代に間に合わないとしても、きっと次の世代に
は治療法は確立されるだろう。見えなくなって今さらジタバタしてもしかたがない。
これが私に与えられた人生なんだから。全盲になって腹をくくったら迷いが消えた。
そんなことをぼんやり考えていたら、雨はますます激しくなってきた。古代のロマ
ンを訪ねて明日香村へ行く予定であった。雨が降り出して迷っていたが、本降りにな
って心が決まった。明日にしよう。きっと飛鳥風薫る五月晴になるだろう。
それでは、例によって上記の中から出題します。
■2024年5月(No.154)
題:「激しい」 (進 選)
題:「太い」 (由希子 選)
題:「患う」 (テツオ 選)
題:「ジタバタ」 (航太郎 選)
(各題2句出し)
◎今月の締切:5月24日(金) 正午必着
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