[10月の課題]
〜「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産に登録される〜
歴史や考古学の好きな私たち夫婦は二人で、時には同級生のS君夫婦と4人で、車
で1時間半の奈良県の明日香村や柏原市、桜井市によく出かけたものである。大和三
山や甘樫丘に登ったり、飛鳥旧跡、藤原宮痕、天皇陵や古墳などを訪れた。
また、思いがけない発掘があった時など、現地説明会にも参加した。例えば、中大
兄皇子と藤原鎌足が、大化改新の端緒となった乙巳の変(645年)を企てたとされる
「槻(つき)の広場」(石敷き)が飛鳥寺の西側に発掘された時などである。
このほど、私たちの関心の深い飛鳥宮跡などがユネスコの文化遺産に登録されるこ
とに決まった。大変うれしい限りである。関係者の努力に敬意を表したいと思う。
近いうちに再訪したいものである。
〜〜ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2026年7月26日、「飛鳥・藤原の宮都」を
世界文化遺産に登録することを決めた。
「飛鳥・藤原の宮都」は、飛鳥時代(6世紀末〜8世紀初期)の宮殿跡や仏教寺院
跡など19の遺跡で構成され、中心となる構成資産は、飛鳥宮跡(明日香村)と藤原
宮跡(橿原市)で、キトラ古墳、石舞台古墳、高松塚古墳などが含まれる。19の構
成資産のうち、石舞台古墳など15資産は人口約5千人の明日香村にある。
万葉集に「飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去(い)なば 君があたりは見えずかもあ
らむ」とあり、古くは「飛鳥(あすか)」は「明日香」と表記されていた。「飛ぶ鳥
の」は明日香の枕ことばで、これが地名の飛鳥に転じたとされる。
昭和31年に旧飛鳥村が2つの村と合併した時に現在の村名となった。
「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産に登録されるまでには次のような経緯があっ
たのである。
大阪で鍼灸師をしていた御井(みい)敬三さんは、歴史的な風土にひかれてこの村
に移住する。当時の高度成長による開発の荒波に危機感を抱いた御井さんは、患者の
一人だった松下幸之助さんに相談する。そして、松下さんを通じて佐藤栄作首相に、
御井さんの訴えを録音したテープが届けられる。
「日本民族のふるさととも言うべき明日香の自然と風物、世界に誇るべき貴重な
史跡 はどんなことがあっても守られなければなりません」。
昭和45年に大阪万博を訪れた左藤首相は明日香村に足を延ばし、御井さんと面会す
る。かくして、半年後に飛鳥保存が閣議決定されたのであった。
それでは、例によって上記の中から出題します。
■2026年10月(No.183)
題:「保存」 (進 選)
題:「患者」 (節代 仁 共選)
題:「守る」 (静男 選)
題:「貴重」 (あかね 選)
題:「誇る」 (航太郎 選)
(各題2句出し)
◎今月の締切:10月24日(土) 正午必着
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